「ヒグマ」は猟友会に駆除のお願いをするもの…「日本の自然観光」が世界におくれを取る「原因となっているもの」
保護を両立する自然観光の意義
星野もし日本に野生のゴリラがいたとしても、きっと「見に行くなんてとんでもない」なんていうことになっていたかと思います。「ゴリラが人間を襲ったらどうするんだ」と。 山口北極圏に近い、カナダのチャーチルという場所は、ホッキョクグマとの共生を目指して、ホッキョクグマの観光ツアーを行っているんです。昨年、そこにホッキョクグマを見に行ったのですが、ガイドの方に「日本にもクマはいるの?」と聞かれたんですね。それで「いる」と答えると、二言目には「どこに行ったら見られるの?」と聞かれたんですよ。 危険だから規制するという観点ではなく、保護と観光を両立させる観点なんですよね。 星野ピッキオ(星野リゾート「野鳥研究室」を前身とするNPO法人ピッキオ)では、谷の反対側からクマを観察するツアーなどしていますけどね。 星野リゾート 西表島ホテルでも、やっぱりイリオモテヤマネコのツアーが一番人気です。 山口イリオモテヤマネコも見に行くなんてとんでもない、という圧力はあるでしょう。 星野ツアーを始めた初期段階の頃ありましたね。ヤマネコを脅かしちゃいけないとか、生息域が縮まってしまうなどそういう意見はもちろん出てきます。 ただ、別に食べに行くわけではなく、見に行くだけなんです。 山口マウンテンゴリラの例で言うと、観光客の受け入れが始まってから、アフリカ全域で約600頭くらいだった生息数が、現在は1063頭まで増えています。だからやっぱりきちんと保護をして、きちんと生態がわかっていなければ、観光客に見せられないわけですから、そうすると結局増えてくるんです。 星野エコツーリズムの本来的な意義のひとつですね。 山口日本でエコツーリズムが理解されない背景として、私が『世界の富裕層は旅に何を求めているか』に書いた「日本人は冒険を好まない」ことがあるのではないかと思うのですが。 星野冒険なのかな? 私としては観光客の安全について誰が責任を持つべきか、というところにも問題があるかと思います。 かつて奥入瀬渓流の国立公園内の遊歩道を歩いていた観光客の方に、大きな木の枝が落ちてきて、不幸にも重傷を負われてしまったということがありました。 国立公園を管理しているのは国ですから、遊歩道周辺の木をきちんと伐採していなかったということで、その方が国を訴え、最高裁で国の賠償を認める判決が出ています。 もちろん裁判は個別の事情をもとに判断しているのでこの判決がすべてではないのですが、この判決以来、遊歩道でも林道でも、国立公園内の安全に対する責任は国の責任になっていて、遊歩道の上の木の枝は全部チェックしなければいけない、ということが共通理解・社会的通念となっています。 日本の場合はそういうことが社会的通念としてあるので、自然観光の場合は、安全に対して誰が責任を取るのか、ということが問題になります。 海外の場合は自己責任が社会的通念としてあるわけです。どこかで滑落して亡くなってしまっても、自己責任になります。自然が豊かなところでたまたま木が倒れてきてしまっても、国の責任にはなりにくいです。 自己責任なのか、森を管理する林野庁や国立公園を管理している国の責任なのか、そこの社会通念の差も、私は日本で自然観光が育ちにくい理由の一つかと思います。 たとえば、ヒグマを見るツアーを知床でやっている人がいたとして、もしかすると事故が起こるかもしれない。事故が起こったときに、事業を許可した国や町長の責任が問われたりするということは、日本では起こりえるのではないかと思います。 そういった可能性がある限り、少しでも危険のある場所には観光客は連れて行ってはいけない、事業の許可を与えることはできない、ということになってしまう。 日本の中でやっていかなければいけないのは、自然観光に参加する観光客には、自然というものはある程度は管理ができ、安全はきちんと追求しなければいけないですが、それでも危険は伴うものであって、最終的に危険にさらされたときの結果は自己責任であると徹底していく必要があると思います。 山口海外のそういった観光地では、自己責任であると一筆サインさせられますよね。 星野星野グループではピッキオでサインをしていただいています。ただ、サインをしたとしても、国を訴えることはできます。事業に許諾を与えていた点を争点にするなどですね。 ですから、安全性を高めることはもちろん、自然観光を育てていくならば、法律の部分でも海外の事例などの研究をしなければいけないと思いますね。 山口100%安全ではない、というコンセンサスと自己責任である共通認識をまずは醸成しないといけないということですね。 中編記事「インバウンドの大都市集中問題の切り札となる「国立公園」 星野リゾート・星野佳路会長×作家・山口由美さん対談」へ続く
山口 由美、星野 佳路
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