「ヒグマ」は猟友会に駆除のお願いをするもの…「日本の自然観光」が世界におくれを取る「原因となっているもの」
ゴリラの頭数はわかるのに、西表ヤマネコの頭数はわからない不思議
山口もちろん、日本には野生のゴリラはいませんが、自然があって、独自の野生動物が多く生息しています。例えば、星野リゾートの西表島ホテルでは、「イリオモテヤマネコ痕跡ツアー」などを行っていますよね。日本では先進的な自然観光のツアーだと思います。イリオモテヤマネコで不思議に思ったのが、生息数が「おおよそ100頭」という推定数であることです。 それに対して、マウンテンゴリラの場合は、ウガンダ、ルワンダ、コンゴ民主共和国の三カ国で、現在1063頭が生息しているということがきちんと数えられています。 もちろん、生態などの違いで難しい部分もあると思いますが、きちんと数を数えられていないのは、おそらく、そこにお金も人もいっていないのではないかと思うんです。 星野その点からお伝えしますと、研究者の存在が大事です。私は軽井沢時代(軽井沢の星野温泉旅館、現・星のや 軽井沢)から感じていましたけれども、鳥類の研究をする人がいないと、バードウォッチングのネイチャーツアーを実施するのは難しいと考えています。 信州大学名誉教授の、中村浩志先生は、世界的に著名な鳥類の研究者であり、環境省も頼りにするような方ですが、そのゼミから弊社にお越しいただいて、エコツーリズムのツアーチームを立ち上げていました。 ただ、せっかく鳥類の研究をしても、卒業後にそのような分野の研究に携われるような環境や、関連する仕事につくような機会は多くありません。環境省のレンジャーなどに一部就職先はあるのですが、民間ではまだ少ないですよね。 研究者がいないことには、先ほどの西表ヤマネコの数も数えられません。大学でそのような分野の研究者になりたいという学生は結構多いと聞いています。そのような学生たちの卒業後に、仕事があるような環境を整えることはすごく大事だと思います。 山口まずは研究者や研究を志す若い人たちの環境を整えるベースが必要ということですね。 星野そうですね。それから自然観光の場合にはガイドも大事です。山岳ガイドなどですね。山岳ガイドの資格などは整備されつつありますが、まだそれだけで食べていけるほどには整っていません。そこも現状、日本の自然観光で弱いポイントだと思いますね。 たとえば、カナダやヨーロッパなどでスキーヤーに付くガイドは、じつはかなりしっかりした報酬が支払われており、それだけで食べていけるほどです。スキー場の管理エリア外を滑る「バックカントリースキー」をする際には必ずガイドを付けなければいけないなどの決まりもあり、資格がある人たちに、しっかりと仕事が回る仕組みができています。 ガイドには資格を与えて、その資格に見合った収入を得られるような仕組みをつくることも、自然観光を強くしていくには大事だと思います。 山口日本のガイドの方たちの待遇が悪いというのは、それはつまり日本のエコツアーの料金が安いことに原因があるのではないかと思います。 ゴリラトレッキングの場合には、パーミッションとガイドの料金を合わせて、ウガンダが一人800米ドル(約11万5千円)、隣国のルワンダは1500米ドル(約21万5千円)払う必要があります。ゴリラは極端な例かもしれませんが、安いからガイドにお金が行かない、ガイドになりたい人も出てこない。その堂々巡りなのではないかと感じています。 星野ただ私から言わせてもらうと、その安い理由のひとつにはツアーが「面白くない」ことがあるのではないかと思うのです。 現在の日本の自然観光には、自然に対する「過剰な保護」と自然がもたらす危険に対しての「過剰な規制」が存在します。 例えば知床は世界遺産になりましたが、世界遺産になった背景には、知床半島の森の豊かさが評価されたことがあります。 森の豊かさは流氷がもたらす海中の循環によってもたらされています。流氷が来ると海面が冷たくなるので、冷たくなった海水はどんどん下に落ちていきます。そうすると海の下の水が押し出されて上がってくるので、プランクトンが一緒に海面の方に上がり、そのプランクトンを目指して、大量に魚たちが集まってきます。海が豊かなこともあり、知床では毎年、大量の鮭が川を上がって来るのですが、その鮭を目指して、今度はヒグマが来るわけですよ。 そして知床にはシマフクロウという世界で一番大きい、ちょっとした人間の子どもくらいの大きさがあるフクロウがいます。このシマフクロウは大型の鮭を捕まえて飛べるくらいの大きな翼をもっていて、そういったヒグマやシマフクロウが森の中に鮭を運んでくるので、土壌のミネラルも豊富になるという循環があるのです。 そういった背景を考えると、知床が世界遺産になった理由を自然観光で見せるには、ヒグマやシマフクロウを見てもらう必要があると私は思うのです。とくに世界最大のフクロウが木に止まっている様子はやっぱり一目見ただけでインパクトがあります。 山口たしかに見てみたいですね。 星野だけどたとえばヒグマを見に行くなんて言ったとたんに、「危ない」「事故が起きたらどうする」「地域のイメージが悪くなる」なんて声がたくさん出てきます。 ヒグマは猟友会に駆除のお願いをするもので、観光客に見てもらうものではないわけです。そういう風潮が日本にはあります。 山口それは私もひしひしと感じています。
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