「生真面目な」石破さんの危うさ
石破茂首相は、首相になるまで「党内野党」と言われ続けた半面、それだけ自由な立場でもありました。石破氏は生真面目だと言う憲法学者の水島朝穂さんに聞きました。【聞き手・須藤孝】 【写真】護衛艦「しらね」から観閲する防衛庁長官当時の石破氏 ◇ ◇ ◇ ◇ ――印象深い出会いだったそうですね。 ◆石破さんと初めて会ったのは1998年4月です。地方紙での対談でした。26年前になります。 その時、石破さんは周辺事態法案について、「票にならないから国会議員は誰も読んでいない」と言っていました。石破さんには法案の狙いや意味がわかっていたから、こう言ったのでしょう。意見は違いましたが、正直な人だと思いました。 ◇軍事的合理性 ――軍事的合理性を突き詰める政治家だと分析されています。 ◆2002年に防衛庁(現防衛省)長官になった時は、制服組といわれる自衛官との結びつきを強め、内局、いわゆる背広組の力を抑えることに力を注ぎました。 日本型シビリアンコントロール(文官スタッフ優位制度)は、防衛省のなかで文官(内局)が優位にある仕組みです。軍事的合理性から見ればワンクッションがありますから、制服組は嫌います。財務省や警察庁から来た幹部に部隊運用や訓練がわかるはずはない、プロのことはプロに任せろ、というのが石破さんの軍事的合理性です。 首相になって真っ先に取り組んだのが自衛隊員の待遇改善です。きちんと処遇しなければ、自衛隊員を戦死もありうる戦地に行かせることはできないということです。主張は一貫しています。 ◇へ理屈は嫌い ――合理的なら、よいことなのですか。 ◆けれども、戦後日本の安全保障政策では、「へ理屈」の部分が大きな役割を果たしてきました。 憲法9条が戦力不保持を明確に定めていることから、1954年の「自衛のための必要最小限度の実力」は合憲という自衛力合憲論がひねり出されました。ここから専守防衛や、集団的自衛権行使は違憲という政府解釈も出てきました。 ――合理的だけではすまないわけですね。 ◆軍事的合理性というなら、防衛力は相手の能力に応じて強化していくことになります。それに対して日本の基盤的防衛力構想に基づく専守防衛の考え方は、最初から線引きをします。 冷戦時代、ソ連軍が北海道に攻めてきたら、当面対応できる防衛力を持ち、あとは米軍が対応する想定でした。GNP(国民総生産)1%枠もその延長線上にある考え方です。冷戦後の自衛隊の海外派遣も、専守防衛の枠におさまるようにみせてきました。 ――第2次安倍晋三政権で政府解釈を変更して、集団的自衛権行使に踏み込みました。 ◆装備でも実質的な「攻撃型空母」や長射程ミサイルを保有しつつあります。それでも専守防衛という説明は変えません。もう限界という時に、安倍氏は憲法9条に自衛隊を書き入れる加憲論を唐突に打ち出し、自民党の改憲案になりました。石破さんは納得していないはずです。 ◇真面目だから危うい ――真面目だからこその危うさでしょうか。 ◆石破さんは、憲法9条2項を削除して、自衛隊を国防軍にするという主張を、自民党内でも特に強く主張してきた一人です。 命令に従わなければ最高刑が死刑あるいは懲役300年という軍刑法や軍法会議(特別裁判所)がないことがおかしい、とテレビで言ってしまう人です。 確かに、自衛隊には、各国の軍隊のような厳格な処罰規定はありませんし、現憲法上は、軍法会議の設置は困難です。でも、石破さんはその必要性を正直に語ってしまいます。 ――首相になってからは持論を封印しています。 ◆石破さんがそうした主張ができたのは、党内野党という位置にいたからです。自分の言動すべてが問われる首相という立場になり、戸惑っている節があります。 ◇不器用という本質 ――封印して終わりかはわからないということですか。 ◆真面目さ、正直さということと、不器用は一体です。石破さんという政治家の本質です。自分の美学に反することには、なかなか踏み切れないのではないでしょうか。 自民党改憲案の9条改正部分についても批判してきましたが、そのことを突っ込まれても、「今は首相ですから」とかわすのでしょう。政府解釈も当面は維持するでしょう。 ただ、国会でしつこく攻められて、思わず本音を言ってしまう、というようなことはありそうです。(政治プレミア)