堅守速攻からポゼッションサッカーへ。J2降格も味わった新潟がクラブ初の決勝へ辿り着くまでの舞台裏【番記者コラム】
決勝での悔しさが、未来のクラブを強くする
迎えた22年、アルベル監督のFC東京へのステップアップに伴い、コーチから昇格した松橋力蔵監督の下、新たな体制がスタートした。新指揮官が打ち出したのは、「組織的で攻撃的なサッカー」。「J1昇格を目指すのであれば、勝利をもっと貪欲に求めなければいけない」と強調した。 伊藤涼太郎や松田詠太郎ら、攻撃のタレントを新たに加えると、アルベル体制下で培ったビルドアップ力を基盤に、前方への推進力の向上を図りつつ、相手の隙を突くプレーを追求。シーズン終盤に失速した過去2年の反省も踏まえ、ゴールを目指すプレーの強度の重要性について見つめ直し、フィジカル強化も徹底した。 ところが、キャンプ中に新型コロナウイルスの集団感染に見舞われ、罹患していない選手もホテルに10日間隔離され、練習は室内での自主トレのみという状況が続いた。そのため開幕時点でコンディション万全と言える選手は限られ、しばらくは動ける選手をローテーションで起用する方策が強いられた。 影響は小さくなく、開幕から4試合、白星から遠ざかったが、ローテーションという苦肉の策は選手同士の競争をもたらし、松橋アルビが掲げる「全員戦力」につながった。多くの選手のコンディションが整った頃には結果が出始め、8節からは8戦負けなしで首位に浮上。以降は失速することなくトップ争いを続けた。そして、シーズン途中に主力の離脱に見舞われながらも、全員で戦い抜いた結果、J2を制してJ1昇格を成し遂げたのだった。 昇格後もそのスタイルを貫き、ボール保持率はJ1でもリーグ1位を継続。昇格初年度の23年は10位。2年目の今季は16位(11月3日時点)と苦戦しているものの、ルヴァンカップでは逞しく勝ち上がってみせた。 選手育成も、22年に本間(クラブ・ブルージュ/ベルギー)、23年に伊藤(シント=トロイデン/ベルギー)と三戸舜介(スパルタ/オランダ)を海外クラブに送り出したように、成果が出ていると言えるだろう。また新潟スタイルの継続は若手獲得にも好影響を及ぼし、本間強化部スカウトもこう明かす。 「初めてご挨拶に行く高校や大学のスタッフの方にも『良いサッカーをしますよね』と言ってもらえることが増えましたね。僕がスカウトを始めた20年はまだJ2だったので、そこまでではなかったんですけど、J1に上がって、それが大きく変わったと感じました。結果がついてきているからこそ、見てもらえる。やっぱり結果なんだなというのは感じますね」 それは、大卒ルーキーの奥村仁、そして来季加入が内定し、すでに特別指定選手としてルヴァンカップで活躍している東洋大の稲村隼翔ら将来有望なタレントを獲得できている事実からも分かる。選手が育ち、見る者を楽しませ、それに憧れた選手がやってくる。求心力に富んだこのスタイルは、今の新潟の誇りだ。 新潟のポゼッションは、J2時代以上に精度と強度の高い守備に阻まれることもあるが、それでも指揮官はスタイルを貫く 「“負けない”ことから逆算するなら、長いボールを蹴って相手のプレスを回避するというやり方もある。でも、“勝つ”ことから逆算するからこそ、自分たちのスタイルを大事にしていきますし、そこからブレることは、絶対にありません。相手の力を利用して、自分たちの良さを引き出しながら、ゲームをコントロールして勝利します」 ルヴァンカップ決勝戦でも、築き上げたスタイルを全面に打ち出し、戦い抜いた。名古屋のハイプレスに動じることなくパスサッカーを展開。一度は0-2と劣勢になるが、そこから2度追いつき、120分+PK戦まで可能性を引き伸ばした。それでも優勝には一歩届かなかった。銀メダルを胸に、悔し涙を抑えきれない新潟の選手たちに、オレンジのサポーターからは万雷の拍手が送られた。試合後の会見で、松橋監督はこう振り返った。 「超えていかなければいけない境界線を、今日は1歩、右足は超えたかもしれないですね。左足を置くことが最後はできなかった。でも、本当に選手はよく頑張ってくれたと思います」 初めて決勝まで来たからこそ、分かることがある。主将の堀米悠斗は「今までサッカーをやってきた中で、一番悔しかった。優勝に手が届きそうなところまでゲームを進めて、勝てなかった。『自分たちにもできるんだ』と思えたからこそ悔しかった。またあの舞台にみんなで戻れるように頑張ります」と、悔しさをあえて心に刻んだ。「何かちょっと妥協したくなった時に、思い出すことで、自分の規律を守れるのかな」と。 日本一を決める舞台で見えた、足りなかったあと1歩。忘れたくても忘れられないほどの悔しさを味わった選手たちの想いが、これから先のクラブを強くする原動力となっていく。 取材・文●野本桂子(フリーライター)
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