「辛くなったんです。だから29歳で止めた」直木賞作家・大沢在昌が明かしたデビュー作への想い
大沢在昌氏のデビュー作は、「第1回小説推理新人賞」を受賞した短篇「感傷の街角」だった。だが、初の著書は、同作と同じく、探偵事務所の失踪人調査人として働く佐久間公が活躍するシリーズの長篇『標的走路』である。この度、その『標的走路』をはじめ、「感傷の街角」を表題作とする短篇集を含む、初期の佐久間公シリーズの4冊が文庫化することになった。日本を代表するハードボイルド作家として活動を続ける大沢在昌の原点ともいえる作品群、佐久間公とはいったいどんな主人公なのか。大沢氏に、彼について語ってもらった。 取材・文=杉江松恋 写真=鈴木慶子
■ハードボイルドは古臭いものと思われ始めていた。だから、読者をハラハラさせたかった
大沢在昌(以下=大沢):私にとっては書き下ろしで出た『標的走路』が最初の著作です。「フタバノベルス」というレーベルが創刊したばかりで、『標的走路』はたしか、ナンバリングが一桁なんですよ。双葉社の小説誌である「小説推理」は2、3ヶ月に1回のペースで書かせてくれました。勉強の場をくれたんです。 ──『標的走路』は最初の本だから、胸に期するものがありましたか。 大沢:それまで長篇を書いたことがなかったので、気負いはあったかもしれませんが、佐久間公は私が高校時代に考えたキャラクターなので、人物像は把握できていました。 ──佐久間公という名前はどういう由来でつけたものなんですか。 大沢:周りにその名前がいなくて、佐久間ってカッコいいな、って思っていたの(笑)。字面先行ですね。2年くらい前に気づいて愕然としたんだけど、私の主人公ってほとんど「さ」で始まる名前なんですよ。「鮫島」「佐江」「冴木隆」「坂田勇吉」。みんな「さ」で始まる名前なんですよ。編集者も、誰も指摘しなかったんですよね。 ──『標的走路』は私立探偵小説の始まり方をしますが、中盤から冒険小説の展開になって、後半はさらにびっくりするような変貌を遂げます。豪華な展開ですね。 大沢:これを書いたころハードボイルドは古臭いものと思われるようになっていたから、冒険小説でもなんでも入れて、とにかく読者をハラハラさせたかったんです。初めての長篇だから最初で最後、レジュメなんか作って書いたけど、それ以降は話の構造だけ決めておけば、プロットなんて立てなくても書くことができた。