円安で外資が不動産投資を加速しても、日本人は幸せになれない
為替や株式市場が乱高下する昨今、「お金と社会のしくみ」を明らかにする25万部のベストセラー『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)の著者である田内学氏と、長引く円安の原因に迫った『弱い円の正体』(日経プレミアシリーズ)の著者である唐鎌大輔氏が語り合いました。いったい誰が為替の強い価格決定力を持っているのでしょうか。そして、最近話題に上がりやすい外資による半導体工場の建設は、構造的な問題を解決できるのでしょうか。 【関連画像】田内 学(たうち・まなぶ)氏。社会的金融教育家。1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。19年に退職、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)など。お金の向こう研究所代表。(写真=的野 弘路) ●「新NISA民」のプライシングパワー 前回(参照:1ドル=180円になっても新NISAを支持できるか、と問いたい)、長引く円安の背景には様々な構造的な問題があり、その1つが「新NISA(少額投資非課税制度)のお金の多くが外貨建ての商品に行っていること」だという指摘がありました。両国の中央銀行の金利差だけでは為替の動きは決まらないという話でした。 社会的金融教育家・田内学(以下、田内氏):私が唐鎌さんとお話ししたかったことの1つが、為替市場におけるプライシングパワー(価格決定力)です。為替に関していろんなことを言うエコノミストがいます。日本国債の信用力が下がると円安になるとか、経常黒字だから円安にはならないとか。一見正しそうに聞こえますが、かつてトレーダーをしていた立場から言わせてもらうと、パス(経路)を示していない説明はあまり意味がない。パスを示した信ぴょう性のある説明とは、例えば「日本国債の格付けが下がると、A国の年金基金は日本国債を保有できなくなるから、円が売られる」といった具合です。 唐鎌さんは、著書の中でもプライシングパワーに言及されていたので、そういうお話をしてみたいと思ったんです。為替でも国債でも、相場は買い手と売り手が実際に買った量と売った量は均衡している。だから、「買いたい人が多いと価格が上がって、売りたい人が多いと価格が下がる」という説明の仕方をすることが多い。でも、これって厳密に言うと違いますよね? みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト唐鎌大輔氏(以下、唐鎌氏):確かに違いますね。 田内氏:分かりやすい例を挙げると、買いたい人のほうが多くても、価格を指定しない「成り行きの売り」が多く出たら、価格は下がりますよね。「新NISA民」は、外貨建ての商品の魅力を十分に検討したかどうかは分からないけれど、とりあえず買い続けようというスタンスです。つまり、結果として「成り行きで円を売っている」ことになり、新NISA民のプライシングパワーが強いということになります。 唐鎌氏:私は、東京外為市場に新NISA民という新しい円の売り手が現れたと考えています。歴史的に東京外為市場における主たるプレーヤーと言えば、政府や年金基金などの機関投資家だったんですが……。 田内氏:新NISA民は長期にわたって保有する分、プライシングパワーが強いわけですね。 唐鎌氏:そういうことになります。相場観に関係なく、無慈悲に毎月積み立てていくわけですから。もちろん、解約する人が増えれば変わるでしょうが、持ち続ける人のほうが圧倒的に多いとなると、個人の力の集合は侮れません。 プライシングパワーという意味では、やはり自動車会社のような輸出企業も強い。為替の世界は「実需1割、投機9割」などといわれますが、その9割の投機的なポジションは必ず反対売買によって利益確定が必要になります。つまり投機である以上、「買い」から入れば売り戻さなくてはならないし、「売り」から入れば買い戻さなくてはならない。これに対し、1割の実需ポジションはアウトライト(売り切り・買い切り)という性質があります。9割の投機は1割の実需を見て方向感にまつわる戦略を立てざるを得ないという事情はある。例えば為替が大きく変動するとトヨタ自動車の想定為替レートがよく報道されるのは、それを気にする市場参加者が多いからにほかなりません。 ●円安でも輸出できるものが少ない 田内氏:なるほど。問題は、円安なら日本製品が売れるのに、今は海外で売れるものが少ないということですね。だから円安が止まらない。 唐鎌氏:おっしゃる通りで、少し前の円安のときには、自動車や薄型テレビ、冷蔵庫など、海外で売れる優れた日本製品がたくさんありました。 田内氏:今や、日本は家電製品を輸入する側になってしまっていますからね。これまでの日本なら、「円安は輸出が伸びる」のでウエルカムだったじゃないですか。それがこの1~2年というもの、円安で輸入物価が上がって生活が苦しくなり、「何か違うぞ」と感じ始めた人が多いのではないでしょうか。