円安で外資が不動産投資を加速しても、日本人は幸せになれない
唐鎌氏:この2年半で、為替に対する社会の見方が大きく変わりましたね。10年前にアベノミクスが始まった頃は、日本国民は円安・株高に熱狂していました。当時私が「円安は万能薬ではない。海外に所得が流出するだけ」と発言したら、勤務先の銀行に苦情の電話やメールをたくさんいただきました。 田内氏:あの頃だったら、そうでしょうね。 日本では、「盛り上がっているときに水を差すな」と考える人が多いですよね。 唐鎌氏:あの頃に私が述べていたことと、最近の著書『「強い円」はどこへ行ったのか』や『弱い円の正体』で私が述べていることは、何も変わっていません。にもかかわらず、今多くの人にご支持をいただいています。10年間で日本社会における為替の規範が変わったことを実感しています。 ●インバウンドで稼ぐには労働力が足りない 田内氏:為替と実体経済がどう結び付いているかという議論は、一般の人にはなかなか見えてこない。自分たちの日常生活に関わるレベルまで落とし込んでお金の話をしないといけないと思って、私はあえて小説形式にして『きみのお金は誰のため』という本を書きました。 唐鎌氏:なるほど。 田内氏:その小説の中でも指摘したのですが、今の日本に足りないのは「生産力」ではないでしょうか。こういう話をすると、「全く逆だ、供給よりも需要のほうが少ない」と需給ギャップの話を持ち出す方がいます。日本の中でたった1つの製品をつくっているのならその通りですが、実際は違います。それほど必要ではないものに関しては供給が余っていて、本当に必要なものは逆に自分たちでつくれなかったりする。 例えば、エネルギーとか食料などの生産力がないので海外から買ってこないといけないですし、かといって海外で必要とされるものを昔のようにつくることができなくなっています。さらに、足元では少子高齢化が進んでいて、教育や介護の分野ではすでに人手不足が進んでいます。今後はさらに人材の確保が困難になってくるでしょう。それも生産力の低下につながっています。 そこで、唐鎌さんの著書でも言及されていた、海外から対内直接投資を呼び込むという話についてもお聞きできたらと思います。円安になるとインバウンド(訪日外国人)が増えてきますが、旅行産業は多くのマンパワーを必要としますから、日本の将来を考えるとそれだけに頼るのは現実的ではありません。海外から対内直接投資を呼び込むにしても、どの産業なのかが非常に重要になってくると思うわけですよ。 唐鎌氏:私もそう思います。経済産業省の資料などを見ると、どの産業かと言えば「半導体」や「蓄電池」と書かれています。現に今、熊本にできたのは台湾積体電路製造(TSMC)の半導体の工場です。いろいろな研究会、勉強会で政治家や霞が関の政策担当者の方々と話をすると、どんな場でも最後に行き着くのは「対内直接投資を増やすべきだ」という結論なんです。 日本は今、通貨が安い上に治安がいいし、教育水準も高いですから、投資してもらえるうちに投資してもらうのはいいでしょう。ただ、あまりよろしくないと思うのが、かなり高額な補助金を付けていることですね。 田内氏:熊本の工場の補助金はどれくらいの規模なんですか? 政府の補助金は2つの工場に対して最大で1.2兆円余りになるということです。 唐鎌氏:大きな金額です。2023年公表の「骨太の方針」によれば、日本政府は現在約50兆円の対内直接投資残高を、30年までに100兆円へ引き上げることを目標としています。これにあたり、国がどれくらいの資金を投入するのかは、いずれ論点として取り上げられる必要があると思います。対内直接投資の関心事というと、TSMCの工場では皿洗いの時給が3000円だとか、工場の周辺で交通渋滞が起きているといった、ローカルエコノミーの話に終始しがちですからね。投資を呼び込むためにどれほどのコストがかかったのかという点は当然議論されるべきです。