「言葉が出にくいのは単なる老化」医師が診断した直後、86歳老母の「トイレ卒倒」で勃発した50代姉妹の軋轢
■母親の救急搬送 2023年12月下旬。87歳になった母親が早朝、自宅トイレで倒れているのを、起きてきた姉が発見。近くの脳神経外科に救急搬送され、CTの結果、左脳出血だとわかる。 朝7時に姉から連絡を受け、すぐに2時間半かかる病院へ向かう。筑紫さんは母親の無事を天国にいる父親に祈った。病室に着くなり、「お母さん! 来たよ! 分かる?」と言いながら母親の手をとると、母親は握り返しながら、言葉にならない声を発した。 ジェスチャーで「右手が動かないこと」を伝えてくる。母親は右半身が動かなくなったうえ、言葉が話せなくなってしまっていた。 その2日後に手術を受け、術後5日目には食事はほぼ1人でできるまでに回復。「ちがう」「ありがとう」「ごめんね」という簡単な言葉なら出るようになり、右肘や右膝を少し動かせるようになった。 翌年2月にはリハビリ病院へ転院し、リハビリをスタート。筑紫さんが面会に行くと「嬉しい」と言い、母親はリハビリを頑張っていた。 しかし2月半ばのカンファレンスに、姉と義兄が出席したところ、主治医に「歩けるようになる見込みは薄い」と告げられる。 母親は病院で、看護師2人体制でのトイレ介助を受けているという。 姉は、 「平日は私も夫も仕事があるので、月曜から金曜はデイサービスを利用して、土日は自宅で介護する。施設入所ではなく通所なら、お母さんも納得するよ」 と筑紫さんに言った。
■姉との確執 筑紫さんは、母親にとってどうすることが最善なのかを考え始めた。 「実は、母が倒れる8日前に姉は『お母さんと一日中一緒にはいられない』と私に言いました。そんな姉が土日に母を介護できるわけがありません。また、3月にパートを辞める予定だった姉は、母が倒れてから『これからお母さんにお金がかかるから仕事を続ける』と言い出しました。母は所有するアパートの家賃収入もあるので介護費用は十分まかなえます。私も叔母(母親の妹)も、母を看たくないための口実だろうと思いました」 悩んでいる筑紫さんを見て、夫は「うちで看てあげたら?」と言ってくれた。 「3年ほど前に、母自身が、『お母さんはお前と暮らしたほうがよさそうだ。将来的にね』と話していたことがありました。母の妹である叔母にも、『お前のところがいいだろう。姉さんのところじゃ治るものも治らない。でもお前が大変になる……』と言われました」 筑紫さんは在宅介護について調べた結果、「自分にもできそうだ」と思った。 「残念ですが、母にとってのこれからは“余生”なんだ。母が一番望む生活を送らせてあげたい……と思い、私は約2週間悩んだ末に、母を引き取ることを決意しました」 3月初め、筑紫さんは姉に電話をし、 「姉ちゃんにはお母さんを愛情持って看ることは無理でしょう? 私がお母さんを看るよ」 と伝えた。 すると姉は「私を責めるの?」と怒り出し、これまで母親と暮らしてきて、自分がどんなに大変だったかをあげ連ね始める。 「私が聞く限り、どれも決して母のわがままでも何でもなく、ただ姉が自分の思うようにならない事への八つ当たりにしか思えず、そこに母を尊重する気持ちは全く感じられませんでした」 最終的には 「じゃあ、お母さんに聞いてみれば! お母さんを看てみればわかるわ!」 と姉は吐き捨てるように言い、電話を切った。 「姉の子どもたちが小さいうちは、子どもの世話や家事で母にかなり頼っていたので、母に対する愚痴はなかったのですが、子どもたちに手がかからなくなってから、姉と母は折り合いが悪くなっていきました。母は神経質でせっかちなところがあるので、姉にとっては自分のペースで生活することができず、不満が募っていったのだと思います」 姉は母親を邪魔者扱いするようになり、筑紫さんに話すことといえば、母親の悪口ばかり。うんざりした筑紫さんは、姉と距離を置いていた。 「母が倒れてから、“雨降って地固まる”というように、姉の母に対する態度や考え方は変わるかもしれないと少し期待していましたが、全く変わることはなかったので、姉が愛情を持って母の介護をすることは難しいと判断したのでした……」(以下、後編へ続く) ---------- 旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ) ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。 ----------
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂