巨匠ジウジアーロの渾身作に世界が騒然!! 117クーペ市販化へのいすゞの意地
車名の由来
量産化の壁もクリアして市販化が決定したいすゞの高級パーソナルクーペ。晴れて東京モーターショーの約1年後の1968年12月に正式デビュー。市販された時にはその車名は117スポーツではなく117クーペに変更された。 前述のとおり、117クーペはフローリアンをベースにクーペ化。フローリアンの開発コードネーム(呼称)が117セダンだったのに対し、117クーペという開発コードネームが与えられていて、それをそのまま車名にしたという。開発コードネームはメーカーによって通しナンバーだったり、個別に与えられたりとさまざまあるが、車両型式とは別物だ。117クーペの車両型式は、PA9系で、PA90、PA95などがある。 117という謎めいた数字の羅列も117に神秘性を加えるのにひと役買っていることを考えると、安直にフローリアンクーペとならなくてよかった。
開発コードネームが車名になったクルマ
117クーペと同じように世界的に見ても開発コードネームがそのまま車名になったケースは多くはない。国内外にどのようなクルマがあったのかを調べてみた。 ■トヨタSAI(開発コードネームは"才"と"彩"からSAI) ■トヨタ86(開発コードネームはFT-86) ■ランチアラリー037(エンジンを開発したアバルトの開発コードネームがSE037) ■ヒュンダイTB(日本では韓国名のクリックがすでに商標登録されていたため開発コードのTB:THINK BASIC) ■ヒュンダイJM(日本では韓国名のツーソンの商標が取得できなかったため開発コードのJM:JOYFUL MOOVER)
走りの評価はイマイチ!?
話を117クーペに戻そう。1968年にデビューした117クーペのボディサイズは、全長4280×全幅1600×全高1320mmで1.6L、直4を搭載。このエンジンはいすゞ初のDOHCだった。1年後に1.8Lエンジンを追加するのだが、このエンジンは日本初の電子制御燃料噴射装置を装着したとして話題になった。トランスミッションはデビュー時に4MTで、後に5MT、3ATが追加された。 前述のとおり、プラットフォーム、パワートレーンなど基本コンポーネントをフローリアンと共用していたため、当時の雑誌などを見返しても117クーペの走りの評価はあまり高くない。しかし、高速巡行を得意とするグランドツーリング的な評価は高かったようだ。