「二度と着たくない!」酔っ払いに汚されたスーツ 「新品買って弁償してください」法的には?
電車内で酔っ払いにスーツなどを汚されたので、クリーニング代ではなく全額弁償してもらいたい──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。 相談者が電車に乗っていた際、隣にいた酔客に嘔吐され、スーツやカバン、靴を汚されてしまいました。酔客から謝罪され、汚れたスーツなどのクリーニング代も支払うと言われましたが、臭いや汚れが落ちたとしても同じスーツなどを使う気にはなれずにいます。 相談者としては、クリーニング代ではなく、新品そのものかすべて買い換えられるだけの代金分を弁償してほしいと考えていますが、このような請求は可能でしょうか。田村ゆかり弁護士に聞きました。
●クリーニング代の支払いを受けるのが原則だが…
――嘔吐で汚れた物について、クリーニング代ではなく、代替の新品または全額弁償を求めることはできるのでしょうか。 まず相談者の損害賠償請求の根拠規定は、民法709条です。故意または過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた「損害」を賠償する責任を負う、とされています。 ここでの財産的損害は、不法行為により支出を余儀なくされた費用、たとえば物が壊された場合の修理費用、怪我をした場合の治療費、今回のように物を汚された場合のクリーニング代等の「積極的損害」と、不法行為がなければ得られたであろう利益の喪失、たとえば怪我をして仕事を休んだ場合の休業損害といった「消極的損害」に分けられます。 今回のケースでは、スーツ等のクリーニング代の支払いを受けるのが原則です。 ――クリーニングをしてもシミや匂いが落ちずスーツとして使い物にならない場合はどうでしょうか。 仮に10万円のスーツを買って1カ月で汚された場合、スーツ(衣装)の減価償却における耐用年数は2年ですので、「10万円×23か月/24か月=95,833円」を損害として支払いを受けるということも考えられます。 ──もし汚された物の中に、替えの効かないもの、たとえば思い出の品や業務上重要なデータが記録されている記録媒体などがあった場合はどうでしょうか。 思い出の品であるということは原則として賠償額に影響しません。賠償額の算定に当たっては客観的な経済的価値を基準とするからです。 他方、業務上重要なデータを保存していた媒体が破損した場合は、前述の積極的損害として、データの復旧を業者に依頼する費用を請求することが考えられます。 また、消極的損害として、破損した媒体そのものの費用のほか、たとえばデータの復旧に時間を要し、その間に当該データを用いることができなかったために契約が成約できず利益が得られなかった場合に、その利益を請求することも考えられます。 賠償を受けられるのは不法行為と相当因果関係がある損害に限られるため、立証は難しくなりますが、検討する余地はあるでしょう。 なお、これまで述べたことは法律の規定や裁判例の解釈といった争いになった場合の考え方であり、相談者と相手方との間では必ずしもこれに沿った合意をしなければならないわけではありません。 話し合いの中では、匂いや汚れが落ちたとしても気持ちが悪く使い続ける気がしないので同等品を購入する金額分を賠償してほしい、経済的価値は高くないが二度と手に入らない思い出の品なので賠償額にその分上乗せしてほしいなど、落としどころを見据えつつ交渉することも考えられます。 【取材協力弁護士】 田村 ゆかり(たむら・ゆかり)弁護士 経営革新等支援機関。沖縄弁護士会破産・民事再生等に関する特別委員会委員。 事務所名:でいご法律事務所 事務所URL:https://deigo-law.jp