「懸命に赤ちゃんの世話をしていたのに…」パンダのタンタンを見守り、寄り添い続けた飼育員さんの切実な思い
2024年3月31日に多くの人に見守られながら28年の長い生涯に幕を下ろしたタンタン。神戸市立王子動物園で暮らしていたパンダのタンタンは、短い手足にモフモフとした毛並みがぬいぐるみのようにかわいらしく、“神戸のお嬢さま”と呼ばれ、多くの人に愛され続けています。 【写真】「隠し撮りがバレました…」パンダと飼育員さんの微笑ましすぎるやりとり NHK「ごろごろパンダ日記」の番組プロデューサー・杉浦大悟氏は、タンタンと、飼育員の梅元さん、吉田さん(以下、敬称略)の日々を見つめてきました。そんな杉浦氏がタンタンの“パン生”を辿り、執筆したのが『パンダのタンタン 二人の飼育員との約束』という本。 その中から特別に、タンタンの出産時のエピソードをご紹介します。
タンタンの初めての出産
タンタンの来日から8年後の2008年8月。パンダ舎はかつてない緊張感に包まれていた。タンタンはぐるぐるぐるぐると、落ち着きなく寝室を歩き回っている。 パンダ舎の中にある飼育員控え室では動物園スタッフたちが不安そうな表情を浮かべ、モニターに映るタンタンを見つめている。タンタンにとって、初めての出産が近づいていた。雄のコウコウとの待望の赤ちゃんだ。 緊張の輪の中に、飼育員の梅元の姿もあった。梅元はこの年の春からタンタンの担当になったばかり。飼育員としての経験はまだ十分ではなかったが、ひたむきさを買われての大抜擢だった。 全員が固唾をのんでモニターを見守るなか、ついに、その瞬間は訪れた。
体長約20cm、体重わずか100gほどの赤ちゃんパンダ
「出た! 出た! 出た! 出たよ!」 モニターを見つめる梅元たちが思わず上ずった声をあげたのは、8月26日午後3時46分。体長約20cm、体重わずか100gほどの小さな赤ちゃんパンダが誕生した。トレードマークの白と黒の毛は生えておらず、ピンク色の薄くてやわらかい皮膚に包まれている。まぶたも閉じているため視力はなく、自力で歩くこともできない。ピィーピィーと鳴き声をあげ、体をもぞもぞ動かしている。 タンタンは赤ちゃんを優しく抱き上げると、自分のお腹にのせてあげた。 「やった! タンタンがお母さんになったぞ」 「生まれた瞬間、泣きそうになったよ」 「いやーよかった」 赤ちゃんの元気な姿が確認されると、控え室につめていたスタッフたちは互いをねぎらいながら喜びを分かち合った。無事に生まれてくれて、本当によかった。 誕生の喜びをかみしめながらも梅元がなによりも驚いたのは、赤ちゃんパンダがあげる鳴き声の大きさだった。手のひらにのせられるほど小さいのに、鳴き声はパンダ舎全体に響き渡るほど大きかった。 無事誕生したからといって安心はできない。赤ちゃんパンダの飼育は、ここからが正念場だ。母親の胎内で十分に成熟しないまま産み落とされるパンダの赤ちゃんは、当然体が弱い。動物園では万全を期すため、出産に合わせて中国・四川省にある臥龍パンダ保護研究センターからパンダ研究の専門家を迎えることにしていた。