VHSジャケットには“本篇にないシーン”が…「ワイルドシングス VHSジャケット野性の美」で味わうレンタル文化への郷愁
“映画を所有する”というそれまでになかった概念を生みだし、1980年代に目覚ましい普及を遂げたビデオソフト。当時にレンタル・販売された洋画ビデオソフトの魅力に迫った書籍「ワイルドシングス VHSジャケット野性の美」が発売中だ。PRESS HORRORでは、刊行にあわせ、編著者であるブックデザイナーの桜井雄一郎にメールインタビューを敢行。桜井の“VHS愛”にあふれたコメントと共に、本著の注目ポイントや魅力に迫っていこう。 【写真を見る】まるでレンタルビデオ店の棚のよう!五十音順でずらりと並んだVHSの“背表紙”が壮観 ■VHS最大の強みは、“背表紙”にあり! 収録されているVHSジャケットは全部で115点。すべて原寸に近いサイズかつ高画質、オールカラーで掲載されており、そのラインナップはホラーやSFをはじめとしたジャンル映画からアカデミー賞受賞を果たした名作まで多岐にわたる。洗練されたデザインから、ジャンル映画らしい俗っぽさを前面に押し出したデザインまで、まだ“新しいメディア”であった映画ソフトを世に売りだすための送り手たちの試行錯誤の数々を見ることができる。 五十音順で掲載されているので、腐乱死体のイラストが描かれた『愛欲のえじき』(70)からはじまる。インパクトが重視されるビデオジャケットとジャンル映画の親和性の高さは一目瞭然だろう。ほかにも、アメリカで上映禁止になったイタリア製ゾンビ映画『死霊の魔窟』(80)やタイトルのナンバリングが語り種になっている『エクソシスト3』(77)など、映画メディアの移り変わりと共に鑑賞機会が少なくなった作品も数多く掲載。 また、ソール・バス監督の『フェイズIV/戦慄!昆虫パニック』(73)のような近年になって再評価された作品であったり、ジャン=ピエール・メルヴィル監督の『サムライ』(67)やジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『探偵スルース』(64)のような映画史上に残る不朽の名作のジャケットも。表面の引きの強さや裏面に書かれた時代を感じさせる作品情報など隅々まで目を通さずにはいられない、貴重なデザイン・アーカイヴ資料となっている。 そんなVHSジャケットのデザインにおける最大の強みは「背表紙」だと桜井は語る。「DVDにも背はありますが、意味合いはまったく違っています。ブルーレイになってそれはさらに狭くなり、配信になって消滅しました。物理的に有限の空間を伴うライブラリを構築できる点が、ビデオの数ある長所の一つ。その特徴がジャケットの背に象徴されているのです」。 かつてレンタルビデオ店に行くと、VHSソフトはこちらに背表紙を向けるかたちで棚にびっしりと敷き詰められて陳列されていた。いわば背表紙は、映画との出会いの入口でもあった。本著の目次ページには、ただタイトルが羅列してあるのではなく、それぞれの背表紙が並んでいる。まさにあの頃のレンタルビデオ店を彷彿とさせるデザインで、映画ファンの心はくすぐられっぱなしだ。 ■ジャケットに描かれたシーンが本篇にない…「それがまたいいんです」 子どもの頃に父親に連れられて行ったレンタルビデオ店で『怪獣総進撃』(68)のVHSに出会い、ジャケットに使われた写真のカットが映画本編に使われていなかったことに不思議と心惹かれたのが「すべての始まり」だったと振り返る桜井。こうした“本篇とジャケットの距離感”に魅了されたことをきっかけに、多くの作品と“ジャケ買い”で出会うことになったのだとか。 本著に収録されているロバート・ギンティ主演作『エクスタミネーター』(80)も、“ジャケ買い”で出会った映画の一つ。「ジャケットに描かれた火炎放射器を構える男の姿がカッコよくて、絶対にこのビデオを観なければいけない!という気持ちにさせられました。でも本篇を観てみると、やっぱりこういうショットはありませんでした(笑)。だけどそれがまたいいんですよね」。 1980年代にレンタルビデオブームが巻き起こり、2000年頃にはVHSからDVDへとメディアが移り変わり、その後ブルーレイディスクの登場と近いタイミングでVHSは相次いで姿を消して行った。ひいては近年、動画配信サービスの目覚ましい普及によって映画ソフト、レンタルビデオという文化そのものが失われつつある。その一方で、海外ではごく一部ではあるが、ブルーレイやUHDで出すタイトルを豪華パッケージのVHSでリリースするメーカーも存在していると桜井は説明する。 日本国内では映画ファンとVHSとの距離はますます遠くなっているが、本著の資料提供を務めた小坂裕司が運営する「Kプラス」や、京都の「ふや町映画タウン」など、VHS文化を守り続けている個人店もまだ存在している。「これらがなくなってしまうと困る人がいると思います。私もその一人です。こうした充実した在庫を持つ個人店に、この先もアーカイヴ的な機能を依存している状態でいいわけがなく、対策を考える必要があります」と、VHS文化存続への熱い想いを吐露する。 そして「この先、市場に流通する中古VHSの数はますます減っていき、探したり手に入れたりするというかつてあった楽しみがなくなることでしょう。それはすでに現実になりつつあるし、人々がVHSのことを語らない、あるいは語る材料がなくて容易に語れなくなる時がいずれ訪れることになります。そうなってしまったら非常に寂しいことです。今回の『ワイルドシングス VHSジャケット野性の美』は、おそらくそうした状況がつくらせたものだったようにも思います」。 本著の巻末には、当時のブームのなかで買い付けや企画の現場で活躍していた関係者への特別インタビューも掲載されている。貴重なデザイン資料や裏話を通し、当時を知る人は懐かしさを感じ、それを知らない若い世代はVHSというメディアのユニークな魅力に出会えるはずだ。是非とも手に取り、VHSによって広がった映画文化の一端に想いを馳せてみてはいかがだろうか。 文/久保田 和馬