それはまるで『キングダム』!?伊沢拓司が語るトッテナムのほっとけない魅力【来日記念インタビュー前編】
ポステコグルーの狂気、そのひずみもまた面白い
――前回の連載と同じテーマになりますが、あらためてトッテナムの2023-24シーズンについてお聞きしたいと思います。日本のサッカーファンにも馴染みのポステコグルー監督の就任は大きなトピックスでした。 「やっぱりアンジェ・ポステコグルーに注目していただくのが一番見やすいと思います。連載で書いた時にもいろいろと反響をいただきましたが、横浜F・マリノスのファンは『変わらんな』と言っていました。Jリーグを長く見ている方からすると、懐かしいアレが見られるって感じだと思います。マリノスでも就任1年目は苦戦していましたよね。超攻撃的フットボールで、攻撃時には2バック化するので、そうなると後ろは当然手薄になり、とにかくカウンターを食らってピンチをたくさん招く。その代わり常に攻めてるというようなフットボールを志向する監督ですから、まずはその極端さみたいなところを楽しんでほしいですね。 後方には広大なスペースがありますから、特に堅守速攻のヴィッセル神戸はトッテナムを倒すにはぴったりなチームだと僕は思っています。そういった点も含めて、今回のJリーグワールドチャレンジはいい試合になる予感がするので、まずはポステコグルー、この人の狂気というものをJファンにはあらためて味わってもらいたいですし、最近サッカーを見始めた方にはこんなフットボールがあるのかと驚いてもらえるのではないでしょうか」 ――就任直後の所感としては期待と不安、どちからが大きかったですか? 「半々でしたね。期待ばかりではなかった。それこそ最初に候補として挙がっていたナーゲルスマン(現ドイツ代表監督)は新進気鋭の若手監督であり、チームの空気を刷新するためには最良の人選だと思っていました。一方でスロット(現リバプール監督)やフォンセカ(現ミラン監督)など、いろいろな名前が噂される中でポステコグルーを選んだというのは、クラブの意気込み「これに賭けた!」という思い切りを感じましたね。極端なスタイルの人なので。でも近年はモウリーニョ(現フェネルバフチェ監督)やコンテ(現ナポリ監督)など守備的な監督がチームを率いてきましたけど、トッテナムの伝統って本来、攻撃的なフットボールなんですよね。 レビィはポチェッティーノ時代の成功を受け、そろそろタイトルを獲れるだろうと見込んで、優勝請負人、勝者のメンタリティを植えつけてくれる監督を求めたわけですが、実際そうはならなかった。それをチームに浸透させられなかったし、監督たちも根気が続かなかったし、やっぱりファンが守備的なフットボールを受け入れてくれなかった。その中でいよいよ攻撃的なフットボールを志向する、しかもチームビルディングに時間がかかる監督を連れてきたということには、クラブの覚悟を感じました。レビィが描いた未来像がようやく修正されたなって。一方でプレミア経験がないことや、ポステコグルーってこんな人だよとか、自分に合うスカッドじゃないとうまくいかないよ、といった話を聞いていたので、不安はありましたよね。ですので、開幕10戦無敗でスタートを切ったことは超驚きでした」 ――その開幕後の2カ月半でチームやトッテナムを取り巻く空気はガラッと変わった。 「コンテ政権というのは3バックで重めに戦って、まず相手を引き込んでからのカウンター、疑似カウンターのような形を目指すフットボールで、どちらかというとスペースを前に作る形でした。それがポステコグルーの場合はとにかく後ろにスペースを作って前にオーバーロードしていくという凄まじいスタイルなので、フットボールは180度変わりましたね。コンテが3バック用に組み替えたチームで超攻撃型の4バックを敷くわけなので、例えばペドロ・ポロなんて大丈夫かと、ウイングバック専用機であってサイドバックは無理だと思っていたんですけど、それがめちゃくちゃハマりましたから、わからんもんだなって(笑)。 一方で今まさにポステコ・スタイルに合わせるべくスカッドを再整備している最中なので、ある種ひずみがすごくあります。実際、昨シーズンも後半戦ではサイドバックがインバーテッドしていくタイミングが悪かったり、中央に密集しちゃって外を使いきれていなかったり。それでも、このひずみが面白いなと思うわけですよ。初めて見る人からしても、あまりにもいびつで面白いと思いますし、かと言ってそれは計算されたいびつさであったりもするので、日本でも新しいフットボールをお見せできる感じはしています」