「軍事オタクの左翼」石破茂は「クールジャパン」を達成できるのか
10月27日におこなわれた衆議院選挙で自民党が敗北を喫し、早くも首相の座が危うくなった石破茂。しかし、「オタク」として知られる石破が日本のトップであり続けるとするならば、日本のポップカルチャー外交はどう変わるのか? 『新ジャポニズム産業史1945-2020』の著者であり、日本文化に詳しい米国人ジャーナリストが分析する。 【画像】防衛大臣時代の石破茂 叩き上げ政治家の石破茂が数度の挑戦を経て、日本の自民党総裁の座を手にした。海外マスコミでは、自民党に関してはリベラルでもなければ民主主義的でもなく、芯まで腐りきっているというのが大方の見方だが、そのたぐいの扇情的トピックについて話すのは、またの機会にしよう。 事実をありていに書けば、自民党は1955年の結党以来、ほぼ一貫して政権与党として実権を握ってきた。ちなみにポップカルチャーに目がない人のためにいうと、1955年は映画『ゴジラ』第1作封切りの次の年だ。日本の議会政治制度では事実上、政権与党が日本国首相を選出するので、自民党総裁になった石破は10月1日をもって日本国首相となり、当面のあいだはその座にとどまることになる。 石破の首相就任は地政学的に見てどのような影響をもたらすのか。それに関して賢明な見解に興味津々なオトナな皆さんには、日本政治批評家トバイアス・ハリスのニュースレター『日本を観察して』を強くお勧めする。 私はといえば、永遠の青春という角度から今回の首相就任を眺めている。こちらも負けず劣らず、極めて重大な疑問だ──石破茂首相の誕生は、日本のポップカルチャーにとってどんな意味を持つのだろうか?
「ポップカルチャー大国」の危機
数年前に撮影された、ドラゴンボールZの「魔人ブウ」のコスプレ姿を披露した石破の写真は、いまなおネット上に出まわっている。戦闘機や艦船のプラモデルの組み立てに並々ならぬ情熱を注ぎ、好きが昂じて防衛大臣時代はコネを活かし、自衛隊の装備品や車両を毎年開催される静岡ホビーショーに出展させたほどだ。 執務室には飛行機や船舶のミニチュア、1970年代に活躍したアイドルグループ「キャンディーズ」のフィギュアが飾られている。映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を100回以上鑑賞し、「いつも同じところで泣く」と自ら認める(それがどの場面なのかは言及していない)。石破はゴジラについてブログを書き、自民党内のライバルからは「軍事オタクの左翼」呼ばわりされるほどだ。 オタク──これだ。かつて侮蔑表現だったこの用語は犯罪と同一視され、のちに日本中のキダルトたち(子供っぽい趣味を持ち続ける成人層)の合言葉となる。かつて「異常行動」と片付けられていた成人によるファンカルチャーは、脱工業化した日本社会の元気度のみならず、日本が世界とグローバルな対話を重ねていくうえでも不可欠な存在となっている。 石破は、日本のポップカルチャーがかつてなく海外で人気を博し、日本政府が国際外交のためにポップカルチャーを活用することにかつてなく前のめりになっているときに、政治の実権を握ることになった。彼はそうした外交プランの立案者ではないが、継承者だ。 『ヤマト』の映画を観て泣いたことを認めた最初の首相として、石破はソフトパワーおよびカルチャー外交重視派になりそうな気はする(たとえ『ヤマト』は外国人には「多分、わかんない」と再度発言したとしても)。 日本は目下、ポップカルチャー大国として栄えている。だが、こんなことを言って誠に申し訳ないが、日本アニメの優位性を維持するのは、現実的には非常に厳しい。どんなに才覚があり、共感力に優れている者が日本の舵取り役になったとしても、この現実を乗り越えるのは困難だと言わざるを得ない。 最大の問題のひとつは人口動態だ。日本は超高齢化社会に突入している。だが、クールジャパンの要となるアニメや漫画は若者文化だ。超高齢化社会は恐ろしく現実的であり、妊娠を強制するような『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』的な介入でもない限り、すぐに変わることはないだろう。この厳然たる事実は、日本のポップカルチャーの未来に2つの重要な影響をおよぼす。ひとつは長期的な影響、もうひとつはもっと直近のものだ。 まず、長期的な影響について。若年世代がますます数を減らすなか、日本は世界から愛されている視覚芸術エンターテインメントをどうやって作り続けていくのか? わかりきった少子化問題の解決策は、国民がより多くの子供を産めるような社会を作る(そういう社会に作り直す)ことだ。 だが現時点では、政府、つまり政権与党の自民党がこの問題に関してなし得た最善策は、国民すべてが対象の婚活アプリを展開するという提案で、噴飯ものでしかない。彼らは歴史的に、茫然自失とするほどまるで女性たちに無関心な政党として悪名高い。 そんな与党のリーダーとなった石破には取り組むべき仕事が山とある。だが最近公開されたYouTubeチャンネルの動画を見ると、なんとも心許ない。彼は、職場内恋愛を経て結婚する「社内結婚」が一般的でなくなったと嘆くが、その理由には触れずじまいだった──日本では、結婚した女性社員に寿退社を促す慣習がいまも残っているのだ。 短期的影響についていえば、与党自民党は婚姻率や出生率の低下を社会政治学的に踏み込んで対処することに消極的であり、縮小しつつある高齢化社会がもたらす問題にも小手先の解決策に終始している。 2024年6月、政府は「新たなクールジャパン戦略」を発表した。それは、“旧”クールジャパン戦略の多くの欠点を改善する目的で策定された(旧戦略の欠陥の最たるものが、ずさんな財務管理のせいで365億円の赤字を垂れ流したという、ありがちな理由)。 新戦略は若手クリエイターを「デジタルテクノロジー」に特化して育成し、日本のコンテンツ制作産業の規模を2倍以上にすることを打ち出している。これが何を意味するのか正確なところは不明ながら、自民党がAIにやたらと前のめりであることは周知の事実だ。AIはオリジナルをコピーすることによってその能力を発揮する。ゆえに、生成AIの利活用については著作権の侵害という法を犯す可能性があるといわれている。にもかかわらず、日本は、人の手で作られたオリジナルコンテンツを持ちながら、同時に「地球上で最もAIに優しい国」でもある。 このパラドックスを抱えたまま、コンテンツ産業で世界をリードできるのだろうか? こちらもいまだ答えが出ていない。石破がこの件についてどのような立場なのかもまるでわからない。彼はこの新戦略の報告に関与していないし、公的な発言もまったくないようだ。