黒沢清はなぜ、『蛇の道』を自らリメイクしたのか? 26年前の復讐譚がフランスで蘇る
主人公を女性に変更したことで生まれた想定外の効果
―柴咲コウさん演じる小夜子は日本人女性ですが、事件に関わる人びとはフランス人の男性ばかりです。男性中心の物語であるオリジナル版とは、「復讐」をめぐる人物同士の関係性も変わって見えました。 黒沢:そもそも『蛇の道』のリメイクをやる以上、「主役をどうするか」という課題があったわけです。なにしろ、(オリジナル版の)哀川翔という強烈な主人公に代わる人を探さなければいけない。哀川さんのイメージが付きまとうことが避けられない以上、フランス人でよく似た方向性の俳優を探すのではなく、そもそもまったく異なる人物像にしたいと思いました。 小夜子が日本人女性で、復讐に関わる人たちがフランス人男性というだけで、彼女だけが別の地平にいる感じがしますよね。哀川さんが演じたオリジナル版の主人公は、まさに「復讐」というシステムを象徴するような特殊なキャラクターでしたが、小夜子はフランスにいる日本人女性であるというだけで、より得体が知れないし、男たちの外側からシステムを操っているかのような印象もある。 しかし、そのなかに感情が見える瞬間があるんですよね。怒りなのか憎しみなのか、その感情を時にはぐっとこらえ、時には爆発させる。彼女が単なるシステムではなく、感情のある人間なのだということが垣間見えるようにしたいと思いました。それはオリジナル版になかったことで……逆に、哀川さんは一切そういうところを出さないのがすごいんですが(笑)。 ―結果的に、オリジナル版よりも「家族」や「親子」の物語になったような印象です。 黒沢:「親子」やオリジナル版にはない「夫婦」という関係性が強調されましたね。小夜子には夫がいて、ダミアン・ボナール演じるアルベールには妻がいる。だからこそ子どもをめぐる「復讐」というシステムが作動するわけで、より人間くさく、わかりやすいテーマが徐々にあらわれてくることになります。 ただ、最初から夫婦の物語を描こうとしていたわけでは決してないんですよ。これも主人公を女性に変更した結果なので、本当に不思議だなと思います。小夜子とアルベールは夫婦でも、また恋人でもありませんが、それでも一組の男女を軸に、子どもが関わる物語を描いていったところ、必然的に互いの夫や妻の存在に触れるほかなくなったというような。