黒沢清はなぜ、『蛇の道』を自らリメイクしたのか? 26年前の復讐譚がフランスで蘇る
「これまでのキャリアで最高傑作ができたかもしれない」。『ヴェネチア国際映画祭』で銀獅子賞(監督賞)に輝いた『スパイの妻〈劇場版〉』(2020年)から4年、世界的評価を受ける巨匠・黒沢清が自信作をひっさげてスクリーンに戻ってきた。 【画像】黒沢清 新作長編映画『蛇の道』は、映画ファンや批評家のあいだで熱狂的支持を受けているキャリア初期の傑作『蛇の道』(1998年)のセルフリメイク版。哀川翔・香川照之出演、「復讐」をテーマとした衝撃のサスペンスが、26年の時を超え、国境をまたいで蘇った。 物語の舞台は日本からフランスへ。哀川が演じた塾講師の主人公は、フランス在住の心療内科医・新島小夜子へと設定が大きく変更された。出演者には小夜子役の柴咲コウをはじめ、殺された娘の復讐に燃える男・アルベール役に『レ・ミゼラブル』(2019年)のダミアン・ボナール、さらにマチュー・アマルリック、グレゴワール・コラン、西島秀俊、青木崇高といった日仏の演技巧者が結集している。 なぜ、黒沢は初めて自分の過去作をリメイクすることになったのか。26年という年月で、変わったものと変わらないものは? 映画『蛇の道』の再創作・再構築を通して浮かび上がってきた、作品と黒沢自身の変化を聞いた。
「復讐」というシステムだけが動いているような構造を持つ、オリジナル版脚本の魅力
―なぜ『蛇の道』をセルフリメイクすることになったのでしょうか? 黒沢:じつは、これといって深い理由があったわけではないんです。フランスのプロダクションから、「いままでにつくった映画のなかで、もう一度自分で撮り直したい作品はあるか?」と提案されたので、「それなら『蛇の道』をやりたい」と答えたのが始まりでした。そのときは迷わず即答しましたが、それまで自分の映画をつくり直すことを具体的に考えたことはなかったので、本当に偶然のきっかけをもらった感覚でしたね。けれど僕に限らず、ほとんどの映画監督には「機会があれば撮り直してみたい映画」があると思うんですよ。 ―「『蛇の道』をつくり直したい」と即答されたということは、オリジナル版の存在が、これまで頭の片隅にずっとあったのでしょうか? 黒沢:オリジナルの物語を考えたのは高橋洋という友人の脚本家ですが、当時から「よくできた構造だな」と感じていたんです。古今東西、いわゆる「復讐譚」には数え切れないほどの物語がありますが、そのほとんどは、最初に「恨み」のようなものがわかりやすく提示され、最後にはその「恨み」をなんとかして晴らすという展開ですよね。しかし『蛇の道』という物語は、いったい誰が、何について、どのように復讐しようとしているのかが最後までよくわからないんですよ。 復讐に取り憑かれた男、すなわちオーソドックスな復讐者が出てくるにもかかわらず、「復讐」というシステムだけが動いているような構造。だからこそ、登場人物や舞台、時代を変更しても普遍的に成立するだろう、「復讐」という構造だけがうごめく映画になるだろうと感じていました。 ―今回のセルフリメイクでは、舞台が日本からフランスに移され、主人公が男性から女性に変更されています。どのようなプロセスで脚色を進めたのでしょうか。 黒沢:まずはフランスで撮ることが決まっていたわけですが、やはり普遍的な側面のある物語なので、舞台をフランスに変えた程度では何も変わらないと思ったんです。人間とは不思議なもので、「もう一度撮りたい」と思っても「まったく同じにしよう」とは思わないんですよね(笑)。むしろ、どこか全然異なるものにしたい、新たな発見をしたいと考えたときに、いっそ物語を根本から少し変えてしまうような要素を探すことにしました。 そこで安易ながら、主人公を女性にしてはどうかと思ったんです。それも異邦人、フランス人のなかにいる日本人女性にすれば、オリジナル版とは似て非なるものになるだろうと。また、以前の『ダゲレオタイプの女』(2016年)はフランス人キャストがメインのフランス映画でしたが、僕自身は日本人なので、今回は日本人を出してもいいかもしれないと思っていたんです。そういうこともあり、フランスのプロデューサーに「主役が日本人女性というのはどうか」と尋ねたところ快諾してもらえたという経緯ですね。