おもちゃではありません 世界の奇妙なマイクロカー 37選 前編
小型車が本当に小型だった時代
1950年代、欧州全土でマイクロカーの一大産業が勃興した。 誰もが自家用車を求めていたが、多くの人々は「ちゃんとした」クルマを買う余裕がなく、安い中古車も少なかった。そこで注目されたのが、2気筒エンジンを搭載し、当時新素材として話題になっていたグラスファイバー製のボディを持つ超小型車である(一部のモデルはスチール製)。 【写真】戦闘機からマイクロカーへ大転換! ドイツの超小型車【BMWイセッタとメッサーシュミットKR200を写真で見る】 (34枚) 1950年代を通じて、多くのマイクロカー企業が成長したが、1959年にミニ(Mini)が登場すると、一気に淘汰されてしまった。1960年代まで存続することができたのは、ほんの一握りのメーカーだけだ。 マイクロカーの中には独創的で優れたものもあったが、驚くほど質の悪いものも数多くあった。今回は特に興味深いマイクロカーを37台紹介するが、どれが前者でどれが後者なのかは、皆さんの判断にお任せする。
ピールP50(1962年)
まずはギネスブックに載っている、史上最小の量産車から紹介しよう。イングランドとアイルランドに挟まれたマン島に拠点を置くピール・エンジニアリング社が開発した三輪のP50は、赤、白、青の3色展開だった。 1962年から1965年にかけて50台程度が生産されたが、現在生産が再開されており、ガソリンエンジン搭載モデルとEVモデルがある。実際に運転してみたAUTOCARの評価は、「4.8馬力の幸福のジェネレーター」だ。
ビスキューター(1953年)
驚くべきことに、1953年から1960年にかけて、この拷問器具のようなクルマがスペインで約1万台も生産された。ビスキューター(Biscuter)という車名は「2人乗りスクーター」を意味するもの。1930年代の超高級車で知られるガブリエル・ヴォワザン氏が開発したエコノミーカー、バイスクーター(Biscooter)がスペインに持ち込まれ、このような呼び名となったのだ。
ブルッシュ・モペッタ(1956年)
ブルッシュ・モペッタは、ピールP50が豪華に見えてしまう(少なくとも屋根はあった)ほどミニマリズムを極限まで追求したマイクロカーだ。1人乗りで、手で引っ張って始動するプルスタート式の50ccエンジンを搭載し、1956年から1958年の間にわずか14台が生産された。