■　事前取材が勝負どころの「金メダルストーリー」 　ブレイキン女子で金メダルを獲得した湯浅亜実選手（ダンサー名・AMI）の多くの記事でも、先ほど紹介した第3段落には、取材で拾い上げたとみられるエピソードが盛り込まれ、記事全体を通して「金メダルストーリー」が描かれていた。 　新聞や雑誌などの活字メディアはこれまで、試合映像を見ているだけではわからないベンチワークや勝負の駆け引き、選手たちの心理面などの舞台裏を描き出すことで、スポーツファンの支持を得てきた。 　ブレイキンは米ニューヨークの発祥で、ギャング同士の抗争を平和的に解決する手段として始まったとされる。スポーツが持つ歴史や背景も全く異なるが、「静」と「動」が入れ替わる野球のようなスポーツで確立してきた従来からの報道スタイルで、目にした記事の大半が仕上げられていた。 　個人的には、第3段落を重視した記事のスタイルは嫌いではない。湯浅選手が五輪でブレイキンの実施が決まり、「カルチャーか、スポーツか」という競技の捉え方に心が揺れたエピソードは興味深かった。ただ、厳しい見方をすれば、従来と同じ手法で書かれた記事は、私のような40代以上の読者には受け入れられても、若い世代を活字メディアに呼び込むことには繋がらないだろう。 　今回の五輪では、選手の美談や努力を紹介する記事よりも、実際にライブで動いている試合展開に関して瞬時に反応した記事が、少なくともインターネット上ではニーズが高かったようにみえる。 　例えば柔道では、初日から誤審疑惑がSNS上で大きな話題を集めた。

■　「目の前で起きた事件」への深掘りに物足りなさ 　男子60キロ級の永山竜樹選手（SBC湘南美容クリニック）が準々決勝で、「待て」がかかった後も数秒ほど相手選手から絞め技をかけられ続け、一本負け。日本の指導陣が試合後に抗議をしたが、認められなかった。 　多くのメディアはSNS上で飛び交う主審を批判する声や、相手選手への誹謗中傷、判定への疑問の声を伝えただけで、問題の本質へ切り込んだ記事はほとんど見られなかった。確認できた範囲では、共同通信の五輪コラムで、他競技のように選手が判定に納得がいかない場合に再確認を審判に求める「チャレンジ制度」の必要性を指摘していた。 　個人的には、柔道ではなぜ、他競技のような「チャレンジ制度」を導入していないのか、パリ五輪を前に国際競技団体の中で導入の議論はあったのかなど、担当記者にしかわからない背景を解説する記事も読みたかった。 　そのためには競技に関するルールの変遷への知識はもちろん、審判やルールに関してすぐに取材できる対象をつかまえておく必要があり、競技団体などの水面下での折衝などにも情報網を張り巡らせていなければならない。誤審などの問題が浮上しなければ、“空振り”に終わるリスクもあるが、SNS上も含めて、世間で大きな話題を集めたときには、専門的に取材をしてきた記者だからこそ、力を発揮できる分野になったはずだ。 　実際、ネット上の声をヒントに瞬時に反応して取材をする手法は有効的だったのではないだろうか。 　例えば、女子やり投げで、日本女子史上初のフィールド種目での金メダルを獲得した北口榛花選手（JAL）が競技中に寝そべってカステラを食べる様子が話題を集めた。そこに反応して理由を取材した日本テレビの記事は、Yahoo！　ニュースでも注目記事として関心を集めた。 　第3段落を重視した王道のスポーツ報道に対し、スポーツ紙などの発行部数が右肩下がりで減り続ける現状からは、新たなニーズの掘り起こしも急がれる。五輪の実施競技も新風が吹き込む中、報じる側にも、第3段落の「肝」のほかに、新たな“引き出し”がほしい。 　田中 充（たなか・みつる）　尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授 1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」（山と渓谷社）、共著に「スポーツをしない子どもたち」（扶桑社新書）など。