電車のガラスを壊し、運転士に殴りかかる…「通勤地獄」に苦しむ「日本のサラリーマン」が起こした暴動の「衝撃的な様相」
予測できていたにもかかわらず
たしかに、多数の人が駅にあふれたのは、順法闘争によって列車・運行が間引かれたためだろう。そのため、乗客たちは駅で長時間待たざるをえず、乗車すれば極限的な満員状態にさらされた。そういう意味で一番の被害者は乗客である。しかし、乗客が電車通勤を大幅に控えていたらどうだっただろうか。実際、順法闘争は、すでに何度かくりかえされており、事前に予告もされていた。 かなりの混雑になることは事前の報道でも予測もされている。にもかかわらず――出勤する動機や出勤せざるをえない事情は乗客ごとにさまざまだろうが――多くの人びとがいつもどおり出勤しようとした。だからこそ、鉄道から人があふれるような状況が発生したともいえる。その意味で、極度の満員電車は乗客たちみずから発生させている。 結局、乗客たちが感じたのは、鉄道労働者に対する「労働者・生活者としての共感・同情」ではなかった。むしろ、その怒りは、せっかく支払った運賃・税金の対価を得ることができない「消費者・納税者としての不満・憤懣」として報道された。そのため、その怒りは、大都市やそれを形作る社会体制にまでは広がらず、鉄道に対するその時・その場限りの破壊活動にとどまった。その背景には、国鉄そのもの、国鉄の労働組合、あるいは学生運動含めた左翼運動への根深い反発があったのだろう。 日本的経営における職場への忠誠心が、いつも通りの出勤をうながしたのかもしれない。日本の労働組合が企業別組合であったため、横断的な問題の共有が難しかったのだろうか。あるいは、通勤ラッシュに慣れつつ、我慢して維持してきた日常のルーティンを断たれたことに対する苛立ちもあっただろう。この鉄道暴動の原因・過程・結果についてはより複合的な分析が別途、必要になるが、本書ではその余裕はない。 いずれにしても「乗客の怒り」は、経営者(や国家という管理者)というよりも、運転士、駅員、駅長への暴行、電車・駅などの交通施設の破壊として現れた。日常的にくりかえされる都市生活で蓄積した鬱憤が――「集合的沸騰」(E・デュルケム)のようなかたちで――大都市の基盤であった鉄道システムそのものへ向けられたといえるだろう。しかし、その対立の構図は「労働者vs.経営者」・「都市生活者vs.国家・自治体」ではなく、「鉄道員vs.乗客」、すなわち「労働者vs.消費者」・「公務員vs.納税者」として報道され、理解されることになる。 結局、これらの鉄道暴動は、資本主義体制における都市構造、および高度成長期の都市問題を象徴する出来事になったが、社会運動にはつながらなかった。「労働者vs.消費者」・「公務員vs.納税者」という対立構図のなかで鉄道暴動が理解されたことは、いまからみると1980年代以降の国鉄の分割民営化、および乗客の消費者化――公共交通の「プライバタイゼーション(民営化・私事化)」――への分岐点であったということもできる。 これ以降、乗客たちのイライラ・モヤモヤは、暴動のような「集合的沸騰」、あるいは「社会運動」として昇華されることなく、鉄道員や乗客同士という個別的な存在に向けられることになる。 ストライキに対するアレルギー――ストを労働者の権利というよりも、ただの迷惑と感じるような感覚が日本社会にあるとすれば、こうした出来事は、その転換点のひとつになっているのかもしれない。 連載記事<「胸をあらわ」にして電車を降りようとする母親の姿も…「大正時代」の路面電車の「今では考えられない光景」>もぜひご覧ください。
田中 大介