元祖「山奥ニート」が都会の生活に戻った理由 変化した仕事観「どうとでも生きていける」
生きるのに必要な分だけ稼ぎ、和歌山の山奥で共同生活を送る―。「山奥ニート」として発信してきた、石井あらたさん(36)が今年2月、10年にわたる山奥生活を終え、今は都会で暮らしている。最近では「あえて働かない」生き方も注目されるが、石井さんは、山奥ニートを経て「生き方はいろいろあるし、どうとでも生きていけると思うようになりました」と語る。 【写真】今年2月に山奥ニートをやめた石井あらたさんと長男 ■家族3人暮らし 「2024年2月1日をもちまして、山奥ニートを辞めることとなりました。」 石井さんは今年1月、自身のブログでこう宣言した。現在は、妻と長男(1)と3人で名古屋市内で暮らしている。「地元に戻ってきたので、都会生活とのギャップは正直ないんです」と話す。 10人ほどで共同生活を送っていた和歌山から名古屋へ。引っ越した理由を尋ねると、「いろんなことが重なった」と明かす。会社員の妻のリモート勤務が終わり、山奥で同居できなくなったこと。一緒に住んでいた子育て中の夫婦が引っ越してしまったこと。息子が自然よりも車など人工物に興味を持つタイプだったこと。さらに、「自分が最古参になり、山での過ごし方を新鮮に感じなくなってしまったんです。ニートに飽きたというのもあるかもしれません」。 今は家族3人暮らし。「予想外にさみしくない。子供は1歳ですが、もう意志があって立派な同居人なんです」。だが、家族だけで暮らすからこそ、シェアハウスでの結婚生活のメリットも分かった。「夫婦げんかの時に客観性が持てること。ほかの人の意見を聞けますよね。今は妻と自分しかいないので、どっちが正しいのかわからなくなることがあります」 ■「仕事が向いてない」 石井さんがニートになったきっかけは、大学の教育実習だ。ほかの人は楽しそうなのに、自分は楽しいと思えず、教師から叱責された。「仕事未満のことすらできないなら、あらゆる仕事は向いていない」。仕事をしないで済む道を探そうと考えた。 アルバイトもうまくいかず、引きこもりになり、世界の破滅を願うような日々。だが、友人に誘われ、平成26年、NPO法人「共生舎」の支援で和歌山の山奥に移住。しかし、移住3日後にNPOの代表が亡くなり、自主運営を始めることになった。