今こそ「石橋湛山」を学べ! 国民が愛想を尽かし、与党が過半数割れした今、見直すべき"保守本流"の思想とは――。
佐高 宮澤喜一さんは1965年に『社会党との対話』という本を書いているんだけど、今の感覚で言ったら自民党の政治家が『共産党との対話』って本を書くような話ですよ。 ■対米従属だけではない「表安保」と「裏安保」 佐高 先ほど名前が挙がった田中角栄につながる話でいえば、もうひとつの大きな違いが「外交」に対する姿勢です。 岸の"自民党本流"は徹底的な「反共」(反共産主義)が根底にあるんですね。そのため「日本を共産主義の脅威から守るためには手段を選ばない」みたいな面があって、これが次第に自民党と旧統一教会や後の日本会議みたいな人たちを結びつけてゆくことになるわけです。 田中 それとは対照的に"保守本流"は共産主義を恐れていないんです。なぜなら、彼らは「自由な経済」の強さと可能性を信じていて、それが「共産主義の統制経済」に負けるはずなどないという確信と自信を持っていたからです。 だから、そうしたイデオロギーの違いを巡って他国と敵対したり戦争したりするよりも、自国が高い技術力や競争力を磨いて、世界を相手に広く貿易するほうが、結果的に国民生活を豊かにできると考えている。 佐高 田中角栄がアメリカの意向に反して日中国交回復を実現したり、日本のエネルギー資源確保を視野に第4次中東戦争でアラブ側についたりと、今のような"対米従属一本槍"ではない、外交的なオルタナティブ(対案)を選べたのも、そうした湛山の思想につながるものがありますよね。 ――本書の中で、湛山の系譜に当たる池田勇人が、後に首相となる田中角栄、大平正芳、宮澤喜一らの後継者たちに「仮想敵国が攻めてきたときに武力によって日本を守るのが『表安保』だとしたら、その仮想敵国と友好関係を深めて戦争を回避するのが『裏安保』なんだ。君たちは裏安保をやれ」と語ったという逸話が紹介されていたのも非常に印象的でした。 田中 湛山は戦後間もない頃、吉田茂政権の大蔵大臣としてGHQと折衝する際にも、マッカーサーの占領軍に対してなんの萎縮もせず堂々と主張していたそうで、当時、随行して通訳を務めていた宮澤喜一さんが「本当にハラハラした」と言っていました。 後に首相となった宮澤さん自身も、日中国交正常化を実現した田中角栄もそうだけど、保守政治家であっても、アメリカに対して毅然とした態度で接するというのは"保守本流"の特徴かもしれない。 ちなみに、田中角栄は日中国交正常化交渉のために訪中する数日前、新宿区中落合にある湛山邸を訪問して、車椅子に乗った湛山と記念撮影をしているんだけど、あれは「裏安保」の実践に向けた一種のセレモニーだったんだと思います。