カンボジアとラオス、アマンでつなぐ2つの世界遺産と極上リゾート。
瀟洒なフレンチコロニアル建築に泊まり、世界遺産都市を旅する。
アマンサラをチェックアウトし、次に向かったのはラオスのアマンタカだ。2024年8月現在、シェムリアップ~ルアンパバーン間は週に3便、ベトナム航空が直行便を就航しており、これを利用することで効率よくアマンホッピングの旅がかなう。 アマンタカは、サンスクリット語の「アマン」と、上座仏教の教書で「仏の教え(ティピタカ)」を組み合わせた造語で、「平和なる仏の教え」を表現している。かつてランサーン王国の首都として花開いた文化が、今もなお色濃く残る仏教都市ルアンパバーン。実にふさわしい名前だと感じた。 またルアンパバーンは、フランスの統治下時代のコロニアル建築が、元の伝統建築と美しく融合した街並みでも知られている。アマンタカが利用している建物も世界遺産条約の保護下にあったことから、その修復や改装は非常に慎重に行われたという。 天井が高く、開放感のあるエントランス棟。左手にレセプション、右手にはラウンジとダイニングが備わる。さらに先、ライブラリーを抜けると、現れたのはリゾート感たっぷりのプール。奥まで行ったところで反対側を振り返ると、シンメトリーなアマンタカの建物がプールの水面に美しく反射していた。 白壁とグリーンの窓枠、そしてオレンジ屋根の色彩バランスが絶妙で、フランスとラオス、そしてアマンの美的センスが融合すると、これほどにも美しい空間が生まれるのかと感嘆する。客室へは広々した敷地をさらに歩いて行くことになるが、この散策さえ楽しくなるほど、アマンタカはエレガンスに満ちあふれていた。 客室はぜんぶで5カテゴリー、いちばん小さいものでも71㎡(屋外含め159㎡ある。ミニマルでクラシカルな内装にモダンなアクセントを加えているのは、壁にかけられたドイツ人の作家兼写真家、ハンス・ゲオルグ・バーガーのモノクロ写真だ。木製家具のひとつひとつにも気品が感じられ、ヘリテージだからこそ醸すことができる格式高い空気が客室全体に漂っていた。 ちなみにアマンタカは、作家の村上春樹が寄稿文集『ラオスにいったい何があるというんですか? 』(2015年発行)を執筆する際に23番のスイートに宿泊している。本書の中に客室前の柱廊で椅子に座り、読書に没頭する写真も掲載。海外版ではこの写真が表紙になっていることから、同じ場所での読書に憧れるファンも多いのだという。 シェムリアップと同様、ルアンパバーンもまた朝の早い街である。この街に泊まったら、早朝の托鉢は絶対体験すべきアクティビティだ。僧侶たちは毎朝、肩から鉢をかけ、決まったルートで街を歩く。それに対し住民や観光客は道に座って待機し、僧侶が来るたびにもち米やお菓子、現金などの喜捨を行う。ルアンパバーンの托鉢は東南アジア諸国でも最大規模で、この托鉢文化のおかげで街なかでに押し売りや物乞いがほとんど存在しない、という見方もあるそうだ。 托鉢が終わったら、そのままモーニングマーケットに足を運んでみよう。ルアンパバーンの街は非常にコンパクトで、マーケットへも徒歩で7~8分ほど。個人で回ることもまったく難しくないが、アマンタカではシェフがモーニングマーケットを案内してくれるアクティビティも用意されており、ローカルへの理解を深めたい方にはそちらをおすすめしたい。 モーニングマーケットは、ナイトマーケットが開催されるシーサワンウォン通りから入った細道で、毎朝5時~11時ごろまで開催される。海に面していないラオスでは、食材は森と川の恵みが中心。もち米を主食とする点では、日本人にも好まれるだろう。こちらの市場ではラオスの家庭料理に欠かせない生鮮食品をはじめ、乾物やお菓子、雑貨などがところ狭しと並ぶ。ラオス名物、メコン川で採れる川海苔「カイペーン」や唐辛子のペースト「Jeow Bong」なども売っているので、お土産に購入するのもいいだろう。 これまで70カ国以上旅してきた経験から、朝市ほどその国の生活が垣間見える場所はないと言える。色鮮やかな野菜が並ぶ一方で、生きたまま売られたアヒルや、食用と思われるカエルなど、驚くべき光景も多い。だが、これもラオスの日常をのぞくという点では、非常に興味深いローカル体験である。先ほどまで托鉢を行っていた僧侶たちが、朝ごはんを食べている姿にも遭遇し、なんだかほほ笑ましい気分になった。 ルアンパバーンの見どころは、モーニングマーケット周辺にほぼ集中している。軽く運動がてら登りたいのは、高さ約150m、328の階段が待ち受けるプーシーの丘。頂上には小さな寺院と黄金の仏塔がそびえ、世界遺産の街並みはもちろん、メコン川や支流のナムカーン川を一望できる。 80の寺院が点在すると言われているルアンパバーンだが、もしどれかひとつ訪れるのであれば迷わず「ワットシェントーン」を推したい。メコン川とナムカーン川に囲まれた半島部分の先端に位置し、ルアンパバーン様式のなかで最高傑作と言われる寺院だ。本堂の屋根は地面近くにまでせり出す独特の形状で、ファサードには豪華絢爛な金色の装飾が施されている。妻壁には、かつてのこの地にあった高さ160mの大樹をモチーフにした「マイトーン(生命の樹)」がモザイクで描かれており、これが実に美しいのだ。本堂の裏側にあるので、見逃すことなく鑑賞してほしい。 アマンタカでの食事は、いま振り返ってみてもどれもが特別だった。食材の調達はルアンパバーン郊外のオーガニックファームと直接契約しており、口に運ぶとどれも鮮度の良さが感じられた。またフランス文化の影響か、パンとコーヒーがとてもおいしく、柔らかい朝日が斜めに差し込むメインダイニングでの朝食は十分に幸せなものだった。しかし、できることなら1度はホテルを出て、アマンの真骨頂、プライベートダイニングをぜひ体験してみてほしい。 そのひとつがクアンシーの滝でのブレックファスト・ピクニックだ。石灰華段丘で形成されたラオス屈指の自然スポットで、ルアンパパーンからは南へ約30km行った先にある。専用車での往復送迎がセットになっており、滝に到着するころには別の車で先回りしていたスタッフが、テーブルクロスをセットし、特等席を準備してくれている。メニューはシリアルやサンドイッチ、フルーツの盛り合わせなどから事前に選択。木漏れ日と滝からのマイナスイオンが降り注ぐなか、絶景を独り占めする、実にアマンらしいぜいたくな体験。できれば水着とタオルを持参し、朝食後にも少しばかり天然のプールで泳ぐ時間も取りたいところだ。 もうひとつ興味深いのが、前述したオーガニックファームでのクッキングクラスだ。竹のカゴで米を炊いたり、バナナの皮で魚を蒸したりと、調理器具から本格的にラオス料理を体験できる。サラダからメインまで4品ほどを作ったら、テーブルがセットされた東屋で味わう。先ほど自ら料理したラオス料理も、手前味噌ながら絶品(もちろんアマンスタッフの丁寧なレクチャーのおかげなのだが)。街の中心部から車でわずか10分ほどの距離で、これほどまでにのどかな水田のパノラマが広がっていることにも驚かされ、五感を通じて農業国ラオスの豊かさを実感することができた。 ちなみにこのオーガニックファームは、農村の子どもたちの教育サポートや、村のインフラ改善整備にも力を入れている。ゲストはアマンタカに泊まり、ファームの野菜を食べることで、そうしたサステナブルな循環の一部になれる、実に素晴らしい取り組みだ。なお、こちらのロケーションは夕食時にも貸し切り可能。キャンドルのあかりと満天の星の下で楽しむロマンチックディナーは、想像しただけでうっとりしてしまう。 街を存分に堪能したら、館内ではウェルネス施設を積極的に利用したい。アマンタカはカップル対応可能なトリートメントルームを4室有し、サウナや温冷プールを備えた温浴施設(プライベートでの予約制)も備える。スパはマッサージ、フェイシャル、スクラブなど多様なメニューがそろうが、ここではラオスの伝統的なマッサージがおすすめ。オイルは使わず、タイ古式と日本の指圧マッサージを掛け合わせたような施術が、優しく心身をときほぐす。 またスパ棟の反対側の建物にはフィットネスジムがあり、マシンの種類も豊富。その並びにはさらにヨガスタジオ(希望に応じてプライベートレッスンを開催)、またちょっと離れたところにはテニスコートも所有しており、客室数と比較してもかなりの充実度になっている。 不定期開催にはなるが、運がよければアマンタカのプールサイドで、ラオスの民族舞踊鑑賞もかなう。灯篭でライトアップされたプールサイドはそれだけでムード抜群だが、インドシナの伝統的な打楽器ラナートの音色は、まるで時空を超えて奏でられているかのように幻想的だった。この日はインドの叙事詩『ラーマヤナ』の物語を表現するパーラック・パーラムが披露された。旅のラストナイトということもあり、よりいっそう心に刻まれる素晴らしい夜となった。 まもなくチェックアウトというころ、地元の祈祷師の方がバーシーのために集まってきた。バーシーとは、結婚や出産、引っ越しなど、人生で大切な節目となるイベントの際に、健康や多幸を祈るラオスの伝統儀式。このまま日本へ安全に帰れるようにと、花を飾った祭壇を用意し、祈りを捧げてくれた。おまじないとして3日は手首に巻いておくように言われた白い糸。私はアマンサラ&アマンタカの思い出を引きずるかのように、1週間は外せずにいた。 今回2つのアマンを通じて、さまざまな地域の伝統、文化、歴史との触れ合いを経験できた。これまで世界各地を旅してきたからこそ、アマン以上に旅の神髄が詰まったリゾートはないと感じている。アマンにはとことんローカルに根差す哲学があるから、アマンホッピングをしてもそこに既視感は一切なく、はっきりと個性の違いを感じることができた。私の脳裏に刻まれた美しい記憶が、早くも次のアマンを求めている。これがアマンジャンキーという中毒なのか。アマンの経験はまだまだ浅いが、もっと各国のアマンの個性を体験してみたいと強く感じた旅だった。 アマンタカ https://www.aman.com/ja-jp/resorts/amantaka 伊澤慶一 トラベルエディター 旅行ガイドブック『地球の歩き方』編集部にて国内外のガイドブックを多数手がけ、2017年に独立。現在は、雑誌のホテル特集ページ制作を手がけたり、「ワーケーション」や「ステイケーション」をテーマに連載記事の執筆、また自らのInstagramアカウント(@izawakeiichi)で日々おすすめホテル情報を発信している。
朝日新聞社