アート展示デザインの第一人者アドリアン・ガルデールが語る「美術館、須藤玲子、テキスタイル」
ー鯉のぼりというオブジェクトによって、テキスタイルにぐっと入り込める。
ガルデール:そうです。私の役割のひとつに、ものの潜在能力を引き出すことが挙げられます。美術館をレストランに見立てると、キュレーターがシェフで、アートワークは食べもの、展示デザイナーはテーブルをセッティングする人ですね。お客である来場者が「ここにいていいんだ」と思いながら、存分に味わってもらうためになにが必要か。それを考えるのが大きな肝です。残念ながら、「ここは自分の場所ではない」と思わせるような美術館も存在します。かと言って「わからないでしょ?」とばかりに大人にベビーフードを与えるのはもっと失礼ですよ。
建築の設計段階から関わることも。「展示デザイナー」という仕事の醍醐味
ー建築の設計段階から、展示空間に関わることもあるのでしょうか?
ガルデール:数多くありますが、妹島和世さんと西沢立衛さんの建築家ユニットSANAAがコンペティションで勝ち取ったルーヴル美術館ランス別館のことを話しましょう。コンペ獲得後の彼らから直接連絡をもらい、美術館すべての展示デザインを任されました。常設展と、ふたつの開館記念特別展です。本館であるパリのルーヴルは、言うなれば百科事典のような存在で、ジャンルごとに分かれて展示されています。対するランス別館は、コレクションの全体を時間軸で切り取るという違いが前提としてありました。また常設展示棟は、奥行き125メートル、幅25メートルという規格外のスケールです。このプロポーションを最大限に際立たせるべく、壁には一切展示をしていません。来場者はこの開かれた空間に足を踏み入れた途端に、5千年に及ぶ美術史が自分を待っていることを察します。来場者が自分で理解する自由、回遊する自由を、私はデザインしました。展示する美術品の配置はもちろんのこと、動線や照明などすべてを俯瞰してデザインすることで、来場者は自分だけの「歴史の織物」を織るに至るのです。このような展示手法はそれまで例がなく、世界の美術館や博物館の展示に大きな影響を与えました。