「術の前に熱」…子どもが荒れる「魔の6月」を乗り切るために必要な「たった1つの心得」
ばらばらな生徒たちを「同志」に変えるために必要なもの
「中学生は人生で最も厳しく他人を批判する。しかも、自分のことは棚に上げて」 これが思春期の特徴だと言ったのは井上好文氏(TOSS中学代表)である。言い得て妙だ。親や教師を簡単に批判してくる。自分自身ができもしないことでも、である。 しかし、彼らは永遠にそんな姿でいるわけではない。関わる大人が正しい対応をすれば、中学校生活を通じて必ず変わる。では正しい対応とは何か。 私は「率先垂範」だと思っている。 私は自分にできないことを生徒に要求しない。たとえば自分はトイレ掃除をしないのに、子どもにはやらせる、といったことはしない。自分は雑巾で床を拭かないのに、子どもには拭かせることもしない。 生徒たちに笑顔でいてほしいと思ったら、そのように伝えるだけでなく、自らいつも笑顔でいるようにする。だから私は子どもたちに幾度となく「先生はいつも笑顔ですね」と言われたことがある。 そのように、子どもに教えて語り聞かせることは、すべて自ら率先してやってみせる。それも、子どもの数倍の熱とスピードで、教師が真っ先に取り組む。そうすれば荒れた学級のなかに必ず1人、2人と協力する生徒が現れて「同志」になる。その同志の輪が広がり、子どもたちが、学級が、ひいては学校全体が変容する。だから「率先垂範」が大事なのだだ。 「屁理屈」で攻めてくる思春期の子どもたちに「理屈」で返しても、得るところは少ない。言い方を工夫しても、接し方を変えても、それが表面的なものであれば子どもには通じない。大人の底意はすぐに見抜かれる。 だから言葉に頼らず行動で示す。三日坊主ではだめだ。100日・300日・1000日と、大人が行動で示し続ける。そのくらいの熱が必要だ。プロの教師になるには、授業での教え方などさまざまなスキル(術)が欠かせないが、結局のところは「術の前に熱」なのだ。
いま一所懸命やっていることは、「種まき」である
ある年に赴任した勤務校は荒れていた。それでも2月になるとだいぶ落ち着いてきたが、まだまだだった。校舎内外での喫煙、飲食、器物破損が続いていた。 当時、生徒会本部を担当していた私は、12月1日から「巡回ゴミ拾い」を継続して行っていた。放課後毎日、本部役員7名と私とで校内と敷地内を見て回り、タバコの吸い殻、アメやガムのゴミ、おでんやラーメンのカップ、ジュースや酒の缶、花火の燃えかすなどを拾って歩いた。 そんな活動を始めて50日ほどが過ぎた、1月下旬のある日。私は学級で日記指導をしているので毎日生徒が提出した日記を読んでいるが、こんなことを書いてきた子がいた。 〈先生に聞きたいことがあります。この活動(註・巡回ゴミ拾い)って、本当に意味のあることなのでしょうか〉 毎日拾っても、毎日捨てられる。そのくり返しに心が疲れたのだろう。実際にゴミ拾いを続けてみれば誰にでもわかるが、確かにちょっぴり辛い作業ではある。だが私は学級で、こう子どもたちに本気でこう語った。 「まずは100日続けてみよう。俺たちが今一所懸命やっていることは、『種まき』なんだ。毎日毎日、一粒一粒大事に大事に種をまいているんだ。芽が出て花が咲く日を信じて、まいているんだ」 「収穫には間に合わないかもしれないけれど、つまり、俺たちがこの学校を去ってから本当の変化が生まれるのかもしれないけれど、それでも、種をまくんだ」 「結果をすぐに求めてしまうと、苦しくなる。植物だって、芽が出るまでに、花が咲くまでに、実が実るまでに、時間がかかるんだ。人間がやることだって同じだ。頭と手足を動かしながら、汗をかきながら、気長に待とう」 この後、変化が生じた。巡回ゴミ拾いを20日ほど続けた時点で、すでに1人、2人、自主的に手伝ってくれる子が現われていたが、「種まき」の語りをした日から、その数が十数人に増えたのである。おかげで担当場所の分担ができ、短時間で終えられるようになった。 ゴミ拾いに参加しない子も、自分のできることを探して行動し始めた。そして2月半ば、ゴミの量は目に見えて減っていた。