果てとチーク『害悪』【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】
戦火で燃え残ったようなかたちのチラシを
中井 チラシを作るにあたって、升味さんからはどんなオーダーをしましたか? 升味 三角形は家父長制やトップダウンのイメージとしてずっとありました。『害悪』の中では基本的に支配構造の下にいる人しか登場しない。だからこそ、この三角形がズドンとそこにいるのがわかるといいますか……。不在だけれど構造としてずっとある三角形は形として入れたいなと。そして、前田さんの描くキャラクターはもちろん入れていただきたいと。そこから先はもうお任せでした。 前田 お話を受けて、だいたいこのあたりに文字が入るかなとか、ここを空けておいたら情報が入れやすいかなとイメージしながらラフを描き、ふたりに見てもらいました。三崎さんとは長い付き合いなので、安心して自由にラフを描いて渡しました。 中井 ラフは何パターンくらい描きましたか? 前田 ありがたいことに、実はこれ1枚なんです。 三崎 前田さんが言っていたように、一番最初は変形といっても人物のかたちという話だったので、人物がどんっと大きく描かれたものになるのかなと思っていたら、この1枚にストーリーがぐっとまとまっていて。しかもこちらが文字を入れやすいように空間も作られていた。だから、前田さんのアイディアをありがたくもらって、その世界を崩さないよう、さらによくするにはどうしたらいいかと考えながらデザインしていきました。 中井 このチラシ、色合いも印象的ですよね。 前田 私の絵だとやはりいつも使っている人物のピンク色がメインになるので、それが映えるような組み合わせを考えています。人の肌の色というよりは、パンダの赤ちゃんとかの色をイメージしていて。うっすらと漂う不気味さが、今回の作品と相性がよかったのかなと思います。 中井 たしかに、命そのもののような生々しさがありますね。 前田 今回初めて使ったのが三角形のえんじ色で。自分がふだん使っているパレットの色合いだとこの作品らしい雰囲気が出せなかったんです。そこで、あえて真っ赤よりもちょっと沈んだえんじ色にすることで抽象的な三角形、見えているのか見えていないのかわからない権力の雰囲気を描こうと。 中井 人物もよく見ると一人ひとり違いますね。 前田 最初はそれぞれ登場人物のイメージで書こうかなと思ったんですが、お面や足かせなどのモチーフは複数人に共通してる部分もあるなと思ったので、「これが誰」と決めずにモチーフを並べていくことにしました。もうひとつ、お話に出てくる人だけじゃなく、このチラシの外側にずっと人が続いているようなイメージも出せたら、と。 三崎 デザインで使いやすいようにと、データ上では実際に使っているよりもたくさんの人を並べてくれていました。 中井 人物がとっているポーズはどこから? 前田 幼い頃からダンスを習っていたので、ポーズは毎回工夫しているんですが、今回はあえて明るく、かつ連なっているように見えるものをと。いつも、先にポーズが浮かぶんです。振り付けするような感覚で考えています。 中井 では、今回も自分で実際に動いてみて決めたんですか? 前田 はい。鏡を見ながらやってみます。平面でいちばんおもしろく見える形を大事にしています。 中井 印象的なタイトルロゴは三崎さんが? 三崎 はい。「害悪」という言葉の持つイメージからもっと怖い感じにしてもよかったんですが、脚本を読んで、嫌な感じが自然とはびこっている世界という印象を受けたのと、前田さんのイラストを使うというバランス感を考えると、ちょっとぷよぷよ、ぐにょぐにょした文字にしてみようと。 中井 なるほど。そして最大の特徴となる、変形にしようという案はどこから? 升味 以前から変形チラシを作ってみたいなと思っていました。今作は「トロイアの女たち」というギリシャ悲劇を下敷きにしているんですが、ここで描かれているのは見えない戦争なんです。そこで、チラシにも戦争の戦火で燃え残ったもののイメージが出せれば、と。 前田 升味さんが「変形をやってみたい」と最初におっしゃったときには、全体を人物の形に切り抜くイメージだったんです。でも、台本を読んだり、お話を聞いていくうちに、燃え跡のような形が合うんじゃないかと。 三崎 イメージだけ最初に描いてもらって、最終的には裏面の情報に合わせていい感じに燃えたように形をつくっていきました。 前田 三崎さんが燃えた後の表現が得意だと知っていたのでお願いしたところもあります。 三崎 それこそ学生時代から作品の角を燃やすようなこともしていたので、「つくりやすいですよ」と(笑)。 升味 ただ、変形加工に時間がかかるので、できあがるまでの公演で撒くために定型のものもつくりました。 中井 定型のものは縁が赤くなっていて、また印象が変わりますね。 三崎 変形のインパクトを出せない分、強い色を使ってみようと。 中井 このチラシは裏にも情報が詰まっていますが、さらに表にも「目を閉じたら、なんだって無いのと一緒だよ──」というフレーズがありますね。これはやはり表に入れたい言葉だった? 升味 全作品を通じたテーマに「見て見ぬふりをすること」があるんです。今回もそれによって悲惨なことが訪れるという作品なので、ぜひ入れたいと思いました。