果てとチーク『害悪』【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】
チラシとは観客が最初に目にする、その舞台への招待状のようなもの。小劇場から宝塚、2.5次元まで、幅広く演劇を見続けてきたフリーアナウンサーの中井美穂さんが気になるチラシを選び、それを生み出したアーティストやクリエイターへのインタビューを通じて、チラシと演劇との関係性を探ります。(ぴあアプリ・Web「中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界」より転載) 【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】果てとチーク『害悪』取材より 四辺ともがランダムな形に切り取られた変形チラシ。青い空、一列に並ぶ肉体、大きな三角形の中に書かれた『害悪』というタイトルロゴ。目に飛び込んできた瞬間はポップに見えるこのチラシ。じっくりと観れば観るほど不穏な雰囲気が伝わってきます。なぜこのチラシが生まれたのか、果てとチーク主宰の升味加耀さん、イラストレーターの前田豆コさん、デザイナーの三崎了さんにお話を伺いました。 中井 再々演となる『害悪』の今回のチラシは、前回、前々回とはまったく違うテイストですね。升味さんがなぜ前田さんと三崎さんにチラシを依頼したのかというところから教えてください。 升味 前田さんが去年8月の公演(『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』)を観に来てくださって、すごくうれしい感想をくださったんです。その後、前田さんのInstagramを観に行ったら素敵なイラストがありまして。『害悪』の初演は早稲田小劇場どらま館、再演も小劇場楽園で、今回は座・高円寺1。我々ユニットとしてはだいぶ気合を入れなければいけない規模なんですね。前田さんのイラストがあれば、背中を押してもらえるような素敵なチラシになるのではないかと思って、お願いしました。 中井 前田さんのイラストをご覧になって、作品にぴったりだと? 升味 そうですね。戦争とフェミニズム、家父長制といった今作のテーマは、去年の作品とも似通っていて。それを観て面白いと言ってくださった前田さんであれば、きっと作品をいい形で具現化してくださるだろうなと思いまして。そこでお願いしたら「デザインは三崎さんで」と提案をいただいて、このチラシができあがりました。 中井 三崎さんと前田さんはどういうお知り合いですか? 前田 大学の同級生です。1年生の頃から私と三崎さんともうひとりでチームを組んで、切磋琢磨しながら作品制作をしていたんです。 三崎 しかも当時の題材が女性性や少女性だったんです。だから、升味さんの脚本を読んで、とても興味深かったし、いろいろと考えてしまって……。本当に携われてよかったなと思いました。 中井 それは幸せな出会いですね。前田さんはなぜ、果てとチークを観に行こうと? 前田 友人が出演していたんです。私はもともと寺山修司作品の美術に憧れて大学でデザインを勉強していたので、演劇もよく観にいくのですが、升味さんの作品ではカルト宗教のようなモチーフや、身近な題材と現実離れした部分のギャップがとても面白くて。それに、女性の立場についても描かれていたんですよね。そこに自分の作品テーマとも通じるところを感じました。 升味 (『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』は)女性への信仰と農業を組み合わせた新興宗教と、ミソジニーやミサンドリーをJホラーの枠組みで扱った作品だったんです。 中井 チラシのお話をもらって、どう思われましたか? 前田 実は最初、迷ったんです。『害悪』のあらすじを伺ったらけっこうシリアスなお話だったので、私の絵で大丈夫かな、と。そしたら升味さんが丁寧に「こういう理由で前田さんの絵がいい」というのを説明してくださって。 升味 ラブレターのようなメールをお送りしました。 中井 たとえば、どんなことを? 升味 「ふくよかなキャラクターからは、性別とか、人体そのものの境界を曖昧にして、純粋な身体の躍動感やチャーミングさがまっすぐに伝わってくる感覚があります」と。私は自分がノンバイナリーであることもあって、男性/女性と定義された体を見ると安心できないときがあるんです。でも前田さんのキャラクターは安心して見ていられる。また、「境界が曖昧になるという部分が自分の作品とも通じていると思いました」ともお伝えしました。 前田 私は言語化が苦手だから絵を描いてる面もあるんですが、ここまで私の作品を言語化していただいたのがすごく新鮮でしたし、この文章があったおかげですごく安心して、深いところまで考えて作っていけました。