独自に築き上げた技術で、長崎べっ甲の歴史をつなぐ『安龍工房』
ー御社ならではの技術はありますか? 慎二: 甲羅の内側にある白い紋様の「水杢(みずもく)」は、熱を加えると消える性質があり、加工の段階で消えてしまいやすいんです。そのため、弊社では消えないようにするためのコーティングをしています。これは、他社には真似できないポイントだと思います。 そのコーティングを行うために、いろいろなところに勉強に行きました。それでも、100%消えない保証はないので、どのようになるのかは仕上がるまで毎回分かりません。
佳美: また、弊社は立体的に整形する技術が強みです。甲羅はもともと少し曲がっていて、加工した後も形状記憶で元に戻ろうとする性質があります。そのため、形を保つことは、技術的にとても難しいことなんです。 一般の方が見分けるのはなかなか難しいと思うのですが、業界の方にはすぐ分かるようです。そのくらい、立体感を出す技術には差が出ます。「甲羅を曲げる」という技術一つとっても、各社で違いがありますね。
ー製品ごとに、使用する甲羅の部位は異なりますか? 慎二: 弊社では、作る製品ごとに使用する甲羅の部位を変えています。曲がっていたり、縞模様が入っていたりするものがあるので、作りたいものに合わせて選びます。 実は、水杢は甲羅全体の0.001%ほどしかないため、ほとんど手に入りません。希少価値が非常に高くなっています。長崎でべっ甲製品の製造が始まった当時は、水杢の人気がなかったため、その甲羅は使われていなかったんです。 そのようななかでも、義父は「この模様を生かした商品を作りたい」と、水杢を使った商品を作っていました。最近では、テレビ通販でもよく宣伝されるようになったので、人気がありますね。
ーべっ甲製品には、どのような特徴があるのでしょうか。 慎二: べっ甲は、熱を加えると変形するので、身につけているうちに自分の身体になじんでいきます。メガネや指輪などは、長年使っているとつけている方の輪郭や指にフィットしていきます。 ただ、極端なことを言うと、夏の炎天下のなか車中に製品を置きっぱなしにすると、板状になってしまうため気をつけなければなりません。 また、べっ甲は天然素材なので、金属アレルギーの方にも問題なくつけていただけることも特徴のひとつです。 佳美: 軽くて、少し落としたくらいでは割れないこともべっ甲の魅力だと思います。 それに、ブローチのように何枚も甲羅が重なっているものは、修理もできます。ただ、弊社の商品ではない場合は、修理が難しくて。加工の技術や接着の仕方などが異なるため、安易に触ると復元できなくなってしまうんです。 そのため、弊社が製造した商品であれば、修理も受け付けています。「割れた」といった依頼以外にも、「水杢が消えてしまいました」という修理依頼も多いですね。 水杢の商品は、扱い方を間違えると柄が消えてしまうんです。ご購入いただく際に注意事項はお伝えしているのですが、忘れてしまって香水をかけたり、水に浸けたりしてしまう方もいらっしゃって。ただ、ご相談いただければ、消えた柄は7~8割ほどであれば復元できます。 ー商品を作る際に、大切にしていることはありますか? 慎二: 典型的なべっ甲商品は、かんざしなど、商品の厚みを生かしたものが多いんです。しかし、そういった厚みのある商品は、やはり高価になります。 「高価になってしまうと買えない人が出てきてしまう」と義父が言っていたので、弊社では「いかに少ない原材料でボリューム感のある商品を作るか」を考えたんです。原材料を少なくできれば、どなたでも手に取りやすい価格に抑えられますから。 また、手間のかかるやり方だとしても、見栄えのする、使い勝手のいい商品を作ろうと心がけています。たとえば、ネックレスにはマグネットを使い、ワンタッチでつけられるように工夫しています。 ただ、マグネットを使用すると金属アレルギーのある方には不向きになってしまうので、ご希望される方によってはマグネットの部分の取り替えにも対応しています。