複数のタスクを同時にできる人間の脳のすごさ。やがて生成AIを上回る技術革新が生まれる――
〈人工ニューラルネットワーク研究を牽引してきた日本。なぜノーベル賞を逃したか?〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(2枚) 2024年度のノーベル物理学賞、ノーベル化学賞がともにAI関連の受賞であったことは驚きをもって伝えられた。なぜAI関連の受賞が相次いだのか? 人工ニューラルネットワークの概念を確立し、深層学習(ディープラーニング)の発展に大きく貢献したプリンストン大学名誉教授のジョン・ホップフィールドとトロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントンのノーベル物理学賞受賞の画期性とは。その背景には、まず2021年度の「複雑物理系」のノーベル物理学賞受賞があり、今回の受賞はそれと関連して分野を越境してもたらされたものであると日本における複雑系・カオス理論研究の第一人者の津田一郎氏は分析。3回にわたって解説記事をお届けする。(全3回の#3) ◆◆◆
人工知能のブレークスルーは物理学研究の発展にも寄与
今まで見てきたように、ホップフィールドとヒントンの物理理論、特に統計物理学に根差したANN(人工神経回路網)に関する80年代の研究とその後の継続的な研究の深化が今日の生成系AIのブレークスルーをもたらした、とノーベル委員会は認識した。さらに委員会が強調するのは、AI研究の成果が物理学の研究の進展にも大きく寄与してきたことである。 例えば、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子の発見(2013年度ノーベル物理学賞)は、大量のデータから特徴的なパタンを識別するデータ解析の技術に裏打ちされていたが、これこそ大規模データの機械学習によるパタン識別の技術革新がなければ不可能であったに違いない。 また、アミノ酸配列からたんぱく質の3次元構造(折りたたまれ方)の予測も生成系AI(AlphaFold)の応用によって可能になりつつある。この問題は生物物理学の大きな課題の一つだが、AIの革新なくしては研究が難しい問題であるということから今年度のノーベル化学賞が授与された。今日のAIのブレークスルーは物理学(さらには化学、生物学)の研究手法そのものをも変えようとしている。委員会はこのことも今回の受賞者の業績の意義の一つだと強調している。