人工ニューラルネットワーク研究を牽引してきた日本。なぜノーベル賞を逃したか?
〈なぜAI分野がノーベル物理学賞を受賞できたのか? 人工知能(AI)のブレークスルーを生み出した複雑物理系の理論〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(7枚) 2024年度のノーベル物理学賞、ノーベル化学賞がともにAI関連の受賞であったことは驚きをもって伝えられた。なぜAI関連の受賞が相次いだのか? 人工ニューラルネットワークの概念を確立し、深層学習(ディープラーニング)の発展に大きく貢献したプリンストン大学名誉教授のジョン・ホップフィールドとトロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントンのノーベル物理学賞受賞の画期性とは。 その背景には、まず2021年度の「複雑物理系」のノーベル物理学賞受賞があり、今回の受賞はそれと関連して分野を越境してもたらされたものであると日本における複雑系・カオス理論研究の第一人者の津田一郎氏は分析。3回にわたって解説記事をお届けする。(全3回の#2) ◆◆◆
日本人研究者はなぜノーベル賞を逃したか?
今回委員会が越境したのが人工知能分野である。純粋に人工知能の研究ということなら適任者は他にも大勢いる。また、2000年以降の人工知能は脳の神経回路網を模した人工神経回路(ANN)である。ANNの研究では日本は先駆的であったし、その代表である甘利俊一、中野馨、福島邦彦たちの研究成果は世界的にも早くから認知されてきた。 後に詳しく述べるが、我が国におけるANN研究の歴史は古く世界を先導する数々の業績が生まれた。したがって、今回のノーベル物理学賞をANNの先駆的業績を上げてきた日本人にも与えるべきだったという声は、少なくとも日本では多く聞かれる。私の知人もネットで怪気炎を上げた。意気やよしである。しかしながら、この賞は物理学賞なので対象は何らかの形で物理に関係した研究でなければならない。そこを毎回、ノーベル委員会はこだわってきた。
ノーベル委員会のこだわり、「これは物理だ」という防御線
記者会見の場やそのあとに記者や世界中の物理学者から「なぜ、これが物理学賞なのか」、「物理をどう規定しているのか」などと厳しい質問が矢のようにやってくることを承知しているから、彼らは「これは物理だ」と必ず防御線を張る。2021年度の記者会見でも、「なぜ気候変動が物理学賞なのか」という質問があり、委員会担当者は「気象、気候は物理だ。複雑物理系だ」と興奮して強調していた。 対象の研究が物理学の発展にどれだけ寄与したか、あるいは物理学が他分野の発展にどれだけ貢献したか、の二点がポイントである。だから、多くの有力候補が外されている。これは分野名が明記されている以上致し方ないことである。今回名前が上がらなかったが優れた業績を上げている神経回路網の研究者たちは脳を理論的に知りたいと思い長年研究を積み上げてきたのだから、今後別の分野の候補になることはありうるだろう。また、優れた先駆的な業績に賞を与えるというなら、分野ごとの賞ではなく単に「ノーベル賞」とすればよいのだが、これは委員会の専権事項だから筆者のような外野がとやかく言うべきものではない。