「暴力」と「死」でできた血塗られた歴史…二万年前の”壁画”が克明に映し出す人類の「残酷さ」
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第30回 『「自ら」を保つために「他」を犠牲にする…人類がほかの集団より優位に立つために見い出した「協力」のための取捨選択とは』より続く
アッダウラ洞窟の壁画
パレルモの旧市街を出たら、もうすぐそこだ。小さな港があるアレネッラ地区を抜け、サンタ・マリア・デイ・ロトリ墓地を横切り、シチリア島のほかの多くの区画と同じで聖母マリアにちなんで名付けられた郊外をあとにすると、ペッレグリーノ山の麓沿いにアッダウラという町につながる道に出る。そこから少し登ったところに、現代の私たちに、人類の歴史がつねに残酷であったことを思い出させてくれる洞窟がある。 1943年以降、連合軍がその3つの洞窟を弾薬庫として利用していた。占領したその島からファシストが支配するヨーロッパへ向けて進軍するために必要だったのだ。 最後は、終戦が間近に迫っていたころに保管していた爆薬が爆発し、石灰岩の壁が崩落した。ところが、むき出しになった岩肌に奇妙な情景が描かれていた。大昔に誰かが岩に記録したに違いない。 牛や馬に加えて、人間の輪郭も見つかった。大喜びをしながら両手を挙げて踊っているように見える人、不自然な体勢で床に横たわっている2人の人。