【社説】JR高速船撤退 安全見直し信頼の回復を
旅客事業者は何より安全を最優先すべきだ。不正で傷ついた信頼を回復するために、JR九州は安全意識と対策を徹底してもらいたい。 JR九州グループが、博多と韓国・釜山を結ぶ船舶事業からの撤退を決めた。高速船「クイーンビートル」は格安航空会社(LCC)との競合で苦戦が続いていた。 決定打となったのは運航を担う子会社、JR九州高速船が度重なる浸水を隠していた不祥事である。 総事業費57億円を投じたクイーンビートルは、三胴船と呼ばれる特殊な船体を採用した。定員を旧高速船の2・6倍の502人に増やし、デザインにも工夫を凝らした。 問題は、波が荒い対馬海峡を3時間40分程度で航行するには、アルミ合金製の船首の強度が不足していたことだ。 就航から間もない2023年2月以降、船体への亀裂発生と浸水が続いた。 浸水を報告せずに運航を続け、23年6月に国土交通省から安全確保命令を受けた。今年8月には国交省の抜き打ち監査で浸水隠しが発覚し、運休に追い込まれた。 再発を防ぐどころか、不正を隠すとは信じ難い対応だ。船舶安全法違反などの疑いで福岡海上保安部が捜査を続けている。 三胴船の導入には社内から反対意見があったという。もっと疑問なのは1隻体制で定期運航したことだ。 故障などが起きた際は代替船がなく、不安定な運航が避けられない。船舶に詳しい人材も不足していた。 当時の経営判断は誤っていたと批判されても仕方あるまい。運休を避けようと、浸水を隠して運航した可能性も指摘される。 子会社に対する管理監督が甘く、重大な不正を許したJR九州の責任は重い。 JR九州の古宮洋二社長は記者会見で、船体を修繕しても「亀裂発生のリスクを完全には払拭できない。安全を軽視して運航することはできない」と説明した。 日韓航路撤退は残念だが、やむを得ない判断だろう。 JR九州は1991年、経営多角化の一環として日韓航路に参入した。当時は日韓を結ぶ交通手段の大半を船舶が担っていた。 速くて手軽な高速船は福岡と釜山の距離を縮め、両国の市民の交流に貢献した。ピーク時の04年度には35万人以上が利用した。 30年以上親しまれた事業である。来年の日韓国交正常化60年を目前に控えた時期だけに、撤退を惜しむ人は少なくないはずだ。 JR九州は本業の鉄道で多くの赤字路線を抱える。沿線人口が減る中で維持していくには、鉄道事業以外の収益力を高めるほかない。 利益を追求するあまり、安全や利用者をおろそかにすることがあってはならない。今回の問題をJR九州グループ全体の教訓としてほしい。
西日本新聞