なぜ羽生結弦は氷上の“穴”を回避できなかったのか…4回転アクセルを武器にSP8位からの奇跡の逆転劇はあるのか?
そして「決めきりたい」と宣言したのが、成功すれば世界初となる4回転アクセルだ。 守るものがなくなった羽生にしてみれば、邪念をすて、北京五輪参加の最大の目的だった夢の4回転アクセルだけに集中するための環境が整ったとも言える。 ただ、4回転アクセルは、その難易度とは裏腹に基礎点は12.50とそう高くはなく、成功しても一気に10点差以上を埋める奇跡の大逆転の切り札になるわけではない。 チェンのフリープログラムの基礎点は、101.24点もあり、自己ベストは224.92点。昨年の全日本選手権で211.05点だった羽生が、もし4回転アクセルをクリーンに成功していたとしても、プラス約10点程度で、チェンがよほどの大きなミスを連発して大量失点しない限り、その差は縮まらない。しかも北京五輪入りしてからの公式練習でも一度も4回転アクセルの着氷に成功していない。まだ未完成の大技なのである。 だが、五輪の舞台で世界初の偉業をやってのければ、インパクトは大。フリーでは第3グループで演技することになるだけに、最終滑走グループの3人にプレッシャーをかけることができる。 中庭氏は羽生逆転の可能性についてこんな見解を持つ。 「チェン選手が予定している4種類5本の4回転ジャンプを組み込んだ難易度の高いプログラムをミスせずやり抜けば、誰も届かないというのが現実です。宇野選手も会見で話しているように5本の4回転ジャンプを入れる攻めのプログラムで勝負するでしょうし、4回転ジャンプだけではなく、演技構成点についても高い評価を受けた鍵山選手には安定感があります。メダル圏内の全選手がベストな演技をすれば、大きな順位の変動は考えにくいでしょう。羽生選手が逆転でメダルを獲得するには非常に厳しい立場に置かれたことは間違いありませんが、どんな競技においても可能性というものは否定してはならないと思っています。4回転はリスクのあるジャンプですから複数の大きなミスをすれば大きく減点される危険性もあります。上位選手の演技との兼ね合いになりますが、表彰台ということで言えば、可能性は残っているかもしれません」 各社の報道によると、フラッシュインタビュー後の取材で羽生は、「もう何もこわくない。また穴にはまることだけはやめてくれと祈りながら滑ります」と覚悟を決めたかのように笑ったという。 羽生が10日のフリーで挑もうとしているものは、彼にとって金メダル以上に価値のあるものなのかもしれない。 (文責・論スポ/スポーツタイムズ通信社)