箱根でオリエント急行に乗れるって知っていた?贅沢空間がティーサロンに
豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す連載。山間を染める桜や藤を見送ったころ、訪れたのは新緑を迎えた箱根。そこに佇むだけでメディテーションをしているように気持ちが整う、森の隠れ家を起点に巡りたい 【写真】“乗車”前から楽しめるオリエント急行
《CAFE》「箱根エモアテラス」 オリエント急行で時空を超えた旅情に遊ぶ
オリエント急行──その固有名詞には、格別優雅な響きが漂う。贅を尽くした室内装飾とともに、多くの人々の浪漫をのせてヨーロッパ各地を駆け巡った件の長距離寝台特急は、世界で最も豪奢な列車として知られる。ことに黄金時代ともいえるであろう1920年~1930年には、世界中の王侯貴族や時の政治家、セレブリティーたちにとって、ラグジュアリーな旅のステイタスとされた。 そんな憧れの旅を象徴する空間が、ここ箱根でティーサロンとして生まれ変わった。フランスのガラス工芸界の巨匠、ルネ・ラリックが1928年に壁面装飾や照明を手がけ、後にオリエント急行として2001年まで活躍した「PULLMAN 1ère CLASSE NO.4158」の実物のサロンカーを、「箱根エモアテラス」では特別なティーサロンとして開放。箱根ラリック美術館の敷地内に、そこだけ時が止まったような佇まいを放っている。
車両を飾るラリックのパネルは総計156枚。豊穣を映す葡萄とポージングが異なる男女のレリーフを3枚1組で設え、酒の神であるバッカスに捧げる祝祭を表現した。マホガニー材の壁に据えたフロスト加工によるガラスレリーフが静謐な光を放ち浮き立って見えるのは、ガラス背面に銀彩が塗られた鏡面加工による。 この車両が実際に運行していた当時、昼間は陽光を受け、夜はランプの光に艶めいたという。光を自在に操ったラリックの巧みな技は、木立に囲まれた箱根の森でも十分に感じることができる。
美しいガラス装飾に目を奪われながら席につくと、体を埋めた椅子がギュギュッと鳴く。「内部のクッション材は藁を編んだもの。この椅子は車両内で組み立てられ、通路の幅よりも大きめに設計されたため搬出することができません。可動式テーブルや絨毯も、すべて当時のままです」とフロアマネージャーの廣岡佳祐さん。 改めて花鳥文様のジャカード織の椅子に目を凝らすと、長い年月を経ているとは思えないほどの瀟洒なデザインに、心を奪われる。室内の細部に至るまで贅の限りが尽くされたこの車両は、その保存状態においても現存する中で最上といわれている。 そんな極上の空間でいただいたのは、アッサムとダージリンの茶葉によるオリジナルブレンドの紅茶と季節のデザート。ゆったりと数十分を過ごすと、ここが“箱根”だということさえも、遠い記憶のように思えた。 「箱根エモアテラス」 住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原186-1 電話:0460-84-2262 BY TAKAKO KABASAWA 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。