陸上100mのシンデレラボーイ・多田修平を生み出した夢プロジェクト
大阪陸上競技協会が手掛け、いまでは「夢プロ」の通称で知られる育成プロジェクトは、府内の企業や個人から寄付金を募り、東京五輪でメダル獲得が期待される有望選手を支援している。都道府県レベルでは全国でも例のない取り組みのなかで、多田は今年2月にアメリカへ遠征している。 向かった先のテキサス州で、9秒72の元世界記録保持者、アサファ・パウエル(ジャマイカ)らと約3週間も練習をともにした。パウエルからもらった助言が、100mの走りを根本から変えたと多田は振り返る。 「スタートでかなり体力をロスしている、とダメ出しされたんですよ。言うたら『腰が曲がっているので、スタートのときに腿上げをしているようなものだ』と」 課題だったスタートをテキサスの地で徹底して改善した成果は、5月21日に開催されたゴールデングランプリ川崎(等々力陸上競技場)で体現される。優勝したアテネ五輪100mの金メダリスト、ジャスティン・ガトリン(アメリカ)がレース後にこんな言葉を発した。 「素晴らしいスタートを切った選手がいて、非常に驚いた」 その選手こそが中盤まで接戦を演じ、10秒35で3位に入った多田だった。たとえるならば砂に染み込む水のように、多田は新しく出会うものすべてを貪欲に吸収している。 「以前はプレッシャーにもめちゃくちゃ弱かったんですけど、何か急に自分の走りができるようになったというか。それまでも本格的な海外遠征もしたことがなかったので、パウエルさんと一緒に練習させてもらったことが一番大きかったし、きっかけになりましたね」 176センチ、66キロとやや華奢に映る体を含めて、すべてがまだ成長の過程にある。後半になってグイグイ伸びて来るサニブラウンとの差を、誰よりも多田自身が痛感している。 「後半になってくると体が反っちゃう場面が多いので、その分だけ減速につながっている。世界陸上までの短い期間でもしっかり筋力トレーニングをして、体幹をしっかり締めて、後半もスピードを維持できるような走りをしたい」 まだまだ伸びしろを残すスプリンターは、さらなる記録更新を目指して今週末の西日本インカレ(エディオンスタジアム広島)にエントリー。初めて日の丸を背負う世界陸上では100mで準決勝進出を狙うとともに、400mリレーではスタートのよさを生かせる第1走者を務める自身の姿をすでに思い描いている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)