「世界が自然派ワインに『やわらかさ』を求めている」ドメーヌ・タカヒコに聞いた、余市ワインが世界から注目される理由とは?
曽我さんが表現する森という世界観は、言葉上だけではない。畑の表面には下草が生い茂り、周囲には事実、鬱蒼とした森が広がっている。
ワイン発酵のための酵母も、畑からもたらされる自然酵母を使用している。しかし酵母や菌は、畑から生まれる物ではないのだという。 「彼らはどこから来るのか? 実は酵母は森にいるんです。森の樹液は、微生物たちが育つ自然の培養槽です。そこで育った酵母や微生物、菌が自然に畑にやってきて、植物や昆虫を介してブドウに付着します。熟したブドウを洗うこともなく、私たちはプレスしてそのままタンクにぶち込みます(笑)。『畑から菌を持ち込む』、畑の環境がワインのすべてを決めているのです」
人が真似できない有機栽培はやらない、「農家が造れるワイン」を。
そうして畑で完熟したブドウを発酵させワインを造るわけだが、曽我さんの思想は非常に明快だ。 「たとえばボルドースタイルの大手メーカーのワインはとてもシステマチックに出来ていて、基準となる味わいがあり、世界各地でそのスタイルを表現する生産者が評価を受けています。ところが、ブルゴーニュやロワールの生産者たちのワインは、それぞれに個性的で真似ができない魅力がある」 「なぜかといえば、彼らにはマニュアルがなく、『ここがブルゴーニュだから』『ここがロワールだから』という環境と、それを表現しようとする農家による味わいがあると信じているから。彼らはワインメーカーというより、むしろ"農家のおっちゃん"なのです(笑)。なので私もここでしか作れない、"農家が造る野沢菜"や"農家が造る味噌"のようなワインを目指すことにしました」 曽我さんのワイナリー(醸造施設)は、天井高のある納屋を改造した至極シンプルな構造。入り口から入ってすぐ脇に青い筒状のポリタンクが見える。これが、醸造開始当初から使っていたという発酵タンクだ。「軽くて運びやすく、洗いやすい。そして何より安いです」と、曽我さんは笑いながら説明を続ける。
「田舎のおばあちゃんが造っているおいしい漬物だって、大概ポリバケツやタッパーで造ってたりするでしょう? "伝統的な木桶で造らないとおいしくならない"、なんてことはまったくない(笑)。ステンレスタンクは1台60万円からですが、プラスチックの発酵タンクなら5万円あれば1基購入できる。プラタンクを3つ持っていれば、ワイナリーを始めることができるんですよ。大規模に始める必要はなく、普通に暮らしている農家が無理なくやれることを証明したいんです」 前述の通り、ワインの発酵は自然酵母によって行う。この際、一般的なワイン生産者は酸化防止や雑菌の繁殖を抑えるために亜硫酸を添加することが多いのだが、ドメーヌ・タカヒコのワインでは2015年からこれも行わない亜硫酸無添加(=サンスフル)にしていった。 「タンクの中は私たちの畑、あるいは人間の大腸のように、あらゆる微生物が共生する環境です。そこに農薬や抗生物質のように亜硫酸を添加してしまうと、きれいなワインができるかもしれませんが、その分個性を無くしてしまうように思った。健全に熟し、酸を蓄えることが出来たブドウであれば、腐ったりすることなくしっかりと発酵を続けてくれます。ドメーヌ・タカヒコのワインは亜硫酸による安定がないので、長期の熟成は見込めません。しかし、世界中には長期熟成に向いたワインはいくらでもある。繊細な味わいを楽しむ私たちのボトルは、長くても10年以内に飲んでほしい。その儚い時間の感覚も、繊細な日本のワインに似合うと思ったんです」