「世界が自然派ワインに『やわらかさ』を求めている」ドメーヌ・タカヒコに聞いた、余市ワインが世界から注目される理由とは?
そうして日本各地の冷涼地を探し求めた結果、余市の登町という産地にたどり着いた。 「余市はリンゴをはじめとした果樹の街だったんです。40年前から、ワイン用ブドウのヴィニフェラ系の栽培も日本のトップクラスだった。でもその頃に日本ワインは需要もなく、バルクワイン(瓶詰めされずに流通する大量消費用のワイン)の生産地としか見なされていなかったんです」 しかし余市で生産されていたピノ・ノワールのワインを飲み、曽我さんはその個性に可能性を見いだす。 「日本は世界のワイン生産地に比べ圧倒的に雨が多く、ただでさえ繊細なピノ・ノワールはカビや病気に罹りやすくなるため、農薬を使わない自然派栽培には不向きと言われてきました。しかし、ブルゴーニュだって実はブドウの成育期の降水量は350mlで、雨は意外と多く大量生産には向かない地域なのです。余市の登町はその期間、降水量が450mlですが、丘の上に位置し山風が日本海に向けて流れていくため、風通しも良くカビが繁殖しにくくなります。また雨水を吸うとブドウの味わいは薄くなる、と言われますが、その分、繊細さを表現するのにはうってつけの個性を持っていたのです」 気候変動により気温が上昇することも見込まれた。ピノ・ノワールの隠れた名産地として知られるフランス・アルザスの気候に近付いていることを見越し、曽我さんは余市で唯一無二のピノ・ノワールを造ると心に決め、家族を連れて移住を果たす。2010年、余市で2軒目のワイナリーとしてドメーヌ・タカヒコが誕生した。
豊かな表土と森の微生物が導く「おいしいワイン」。
曽我さんはブドウ畑についても、余市でしか得られない個性を見いだしている。 「ヨーロッパの生産者たちは、『テロワール』について語る時に"土壌"を重視しがちです。たとえばブルゴーニュやシャンパーニュの土壌を構成するのは、太古の昔に海底だった地層が隆起した石灰質で、硬質なミネラル感を感じさせる特質があります。しかし私は、むしろ日本の火山性土壌の上に歳月を経て蓄えられてきた"表土"にこそ注目したい。石灰質の土壌の上には、新たな生態系とそのサイクルによって生まれる表土が根付きにくいのですが、火山性土壌の上には植物が芽生え、森が育ち、そこから豊かな『土』が生まれるのです」 豊かな土から生まれるワインは、過酷な土地から宝石のようなブドウを造り出す、という思想のあるヨーロッパとは違った文化を表現できるという。 「ヨーロッパや世界にとって有機栽培は『健康』を意味しますが、日本人にとって有機栽培とは『おいしさ』を表現する手段だと思っています。豊かなアミノ酸たっぷりの表土で育ったブドウは、日本が世界に誇るやわらかい『旨味』を表現するのに最適な素材なのです。降り注ぐ雨は軟水で、旨味の成分を引き出すのにこれほど優れた水もない。ワインに"出汁感"や"旨味"という飛び抜けた個性を纏わせることができるのが、余市というテロワールの特性なのです」