養老孟司「人の致死率は100パーセント。歳を取って怒らなくなった。この先どうなるかはなりゆきだと思えるように」
東京大学名誉教授で医学博士の養老孟司さん。著書『バカの壁』は450万部を超えるベストセラーに。今年で86歳、これまでを振り返り「人生は、なるようになる」との結論にたどり着いたといいます。新型コロナウイルスの蔓延やウクライナ戦争など、日常生活の壊れやすさを目の当たりにする中で、養老さんが感じることとは――。 【写真】養老先生「今のままの人間中心の日常がつづくと、多くの生き物の日常は維持できない。そのことに、ちゃんと気づくことが大切です」 * * * * * * * ◆生き生きとしていた社会 まあ、よく生きてるなあ、と思います。この間も友達の葬式があってね、自分もこの先いつコロッと死んでもおかしくない。そう考えると、「もし今日やらなきゃ一生やらないな」っていうことはたくさん出てきて、かえって生きるって何だろうと随分、考えるようになった。 そんな折に起きた新型コロナウイルスの蔓延では、死者数など死のほうがクローズアップされてしまったから、生きることが制限され、外出自粛、営業規制が行われた。死を想うと生を考えるけれど、あんまり死を重要視すると、生きることが縮小しちゃう。 それを思うと、昔は、今より衛生面などでは乱暴だったけれど、今より社会が生き生きとしていて、良かったかな。 老いについてですか。別にめでたくもないけどね、歳を取るのも悪くない……、80を過ぎてからますますそう思っています。 テレビの番組なんかで若い人があれこれ悩んでいるのを見ても、ああ、よかった、こっちは、もうああいう青春の悩みはないよ、と思う。外国のドラマで男女関係がもつれ、ああだこうだというのを見ても、「やめときゃいいのに」と思っている。ああいうのは、たいてい面倒くさいでしょう。 ――ああ、俺は関係ない。ああよかったと思う(笑)。
◆人の致死率は100パーセント なにより、歳を取って怒らなくなった。「たけし、たけし、アタマはでかし」と言われていた子どもの頃から、「なんでも考えればいい」と思う頭でっかちで、いろんなことにカリカリしていた。大学に勤めていた頃は、そうした怒りが仕事の原動力になっていたけれど、この歳になると、けしからんと思うことにも、それなりの事情があるってことがわかってくる。 つまり、なるべくしてなる。病気だって自然現象だから、なるようになる、と思っている。老いや病を敵視する人も意外に多いけれど、歳を取れば、老いるのは当たり前だし、いつかは必ず死ぬ。人の致死率は100パーセントで、この先どうなるかは、なりゆきです。 だから、健康診断もがん検診も受けたことがなかったけれど、1年間で体重が15キロほど減り、体調が悪かったので2020年6月、26年ぶりに東大病院で受診しました。体の声を聞いたわけです。 そうしたら、検診で心筋梗塞を起こしていることがわかり、2週間、入院しました。ただ、これが痛くもかゆくもなかった。 動脈を広げ、金属の「ステント」を入れて通りをよくしてもらったので、入院前よりよくなったともいえる。コロナでじっとしている時期もありましたが、おかげで最近は外出も増え、昨秋(2022年)はラオスで2週間、虫採りとメタバース(インターネット上の仮想空間)の仕事をしました。 「脳化」が進み、人は頭で考えたことを都市という形にしてきましたが、住む世界を頭の中につくり、アバターの自分が入っていくメタバースはこの脳化の純粋系で、行く末に関心があります。
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