養老孟司「人の致死率は100パーセント。歳を取って怒らなくなった。この先どうなるかはなりゆきだと思えるように」
◆近代文明が行っている加害への意識 2022年春、一般社団法人メタバース推進協議会が設立され、代表理事になった。 技術というのは使いようです。メタバースの世界では、どんな場所にも、違う時代にだって行ける。近年、世界の環境が変化し、保全地区でも虫が激減しているでしょう。 それで虫が多いラオスの自然をメタバースで立体映像化し、将来その自然を体感できるようにしたら、と思っているんです。 鎌倉の建長寺に15年、虫塚をつくり、毎年6月4日(虫の日)に供養するのも、虫にありがとうの思いを伝え、人々に環境について考えてもらいたかったからです。 あの寺には花塚、茶筅(ちゃせん)塚もある。欧米の一神教の国と違い、多神教の日本ではあらゆるものに魂は宿ると信じられてきた。虫を採り、花をいけるのはある種の加害で、塚には弔いの思いも込められています。 でも、近代文明がおびただしい数の虫や生き物を殺してきたことへの加害意識を、現代の人はどのくらい持っているでしょうか。
◆日常生活は壊れやすいものである 日本は農薬の使用量が世界でもトップクラスなのを知っていますか。要するに、たくさんの虫が農薬で死んでいる。1台の車が廃車になるまでに1000万単位の虫が死ぬというデータもあります。 夜の高速道路を走っていると、フロントガラスに虫が当たってつぶれるでしょう。あれで多くの虫が死ぬんです。 世界の森林が年間500万ヘクタール減っていることも、虫にとっては大変です。日本全体の森林面積が2500万ヘクタールですから、日本が5年間で裸になるくらいのスピードで森林が減り、そこで生きる虫たちは住処を失っている。 「森に入って虫を採るな」って言う人もいますが、そういう人は、虫の住む場所を人類が奪っていることにどのくらい気づいているでしょう。 加害するほうにその意識がないことがいちばんの問題です。 今のままの人間中心の日常がつづくと、多くの生き物の日常は維持できない。そのことに、ちゃんと気づくことが大切です。 コロナ禍になり、ウクライナ戦争が起き、私たちは日常の壊れやすさを目の当たりにしている。そうなると人は、日常のありがたみをかみしめます。
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