【なぜ韓国で戒厳令?】尹大統領、相次ぐ弾劾で追い詰められ暴走か…政敵の排除狙うも自滅
■ なぜ今、韓国で戒厳令? 今回の戒厳令は、与党の関係者どころか、韓国軍の参謀たちに対しても、事前に知らされていなかった。同盟国であるアメリカのホワイトハウスへも何ら打診がなかったという。そうした状況から、誰も予想できなかったという報道が続々と上がっている。 戒厳令とはいえ、軍隊投入の規模は数十人規模でしかなく、国会を封鎖することもなかった。結果的に一夜のショーのように終わった。これについて、TV朝鮮の報道番組に出演した高麗大学法学専門大学院のジャン・ヨンス教授は「(尹大統領は)政治経験のないアマチュアだからなのか」と困惑を隠さなかった。 とはいえ、最大野党である共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が標的にされたとの見方も浮上している。投入された軍隊が代表室に乱入する様子がCCTVにより確認されており、李代表を逮捕、拘束しようとしていたという主張が共に民主党からなされている。 これまでアメリカとの関係を重視してきた尹大統領にとって、国内で対立する野党は従北勢力として映る。従って、今回の戒厳令宣布は李代表の排除が目的だったというわけだ。
■ 尹政権、崩壊へ自滅か 今年4月の国会議員選挙で与党・国民の力は大敗した。それ以降、尹大統領の政権運営は暗礁に乗り上げている。 これまで多数の政府官僚に対して弾劾訴追が発議されており、検事やその他政府の重要ポストにいる人物も弾劾の標的となっている。予算案も可決できない事態に陥っており、尹大統領は戒厳令宣布の会見で、正当な国家機関を混乱させていると野党側を非難した。 尹政権の支持率は20%前後と低水準で推移している。背景には、韓国経済の停滞がある。先月末には2024年と25年の経済成長率の見通しがともに下方修正されたばかりだ。停滞する経済への国民の不満を背景に、野党側は尹政権批判を激化させてきた。追い詰められた尹大統領は暴走したのか。 こうした状況のなか、尹大統領が野党による政府批判が国家運営を混乱させているという「大義名分」を挙げたとしても、そもそも尹大統領への不満がくすぶる状況で国民が今回の戒厳令に納得するとは思えない。 私も戒厳令宣布の一報を確認したとき、「こんなことをして政権はもつのか」という思いが真っ先に脳裏をよぎった。実際、帰宅の途中、「李在明が大統領になればいいじゃないか」という声がそこかしこから聞こえてきた。 共に民主党をはじめとする野党は、尹大統領が辞任しなければ「軍隊動員の内乱罪」を根拠に大統領に対する弾劾を早期に実現すると息巻いている。弾劾投票によって民意を問うには、国会で3分の2を超える賛成が必要となる。現在の国会は、総議席数300のうち野党勢力は192に留まっている。3分の2に、あと一歩足りない。 今回、戒厳令の解除要求には与党・国民の力も含め、国会に集まったすべての議員が賛成している。戒厳令の宣布を批判した国民の力の韓東勲代表は、弾劾を求める動きにどう対応するのか。それによって尹政権の運命が大きく変わってくる。 平井 敏晴(ひらい・としはる) 1969年、栃木県足利市生まれ。金沢大学理学部卒業後、東京都立大学大学院でドイツ文学を研究し、韓国に渡る。専門は、日韓を中心とする東アジアの文化精神史。漢陽女子大学助教授。
平井 敏晴