インターネットの「世界線」 狼狽生む速さの追求、市場と承認欲求の罠から自立する道は
この世界は、全能の神が無数の「可能であった世界」のうちから選び出した、最善のものである-。17世紀の欧州で活躍した哲学者、ライプニッツはそう説いた。戦争、分断、閉塞感…。目を覆いたくなる現実を前に、それはにわかに信じがたい。 【写真】ユーチューブに公開された生成AIで作成・加工されたとみられる女性の動画 最近、「世界線」という言葉をよく見聞きするようになった。選択次第であり得たかもしれない、この現実とは異なるもう一つの現実。それは時に甘美に、時に居心地の悪さを伴って、浮かび上がってくる。 立ち止まり、期待を込めて考えてみたい。その軌跡を追いかけることで、よりよい未来を描き出せるのではないかと。 ■情報の速さに追いつけない。人間は、思考を放棄したのか 丸い地球に等間隔に立てられた十数本の柱。その上にめぐらされた電線を、郵便袋を担いだ飛脚が軽快に駆けてゆく。 明治時代の啓蒙(けいもう)思想家、福沢諭吉が幕末の慶応2(1866)年に刊行した「西洋事情」。当時の先端技術を民衆に紹介し、20万部を売り上げたベストセラーの巻頭は「傳信(でんしん)」のユーモラスな戯画で飾られている。 傳信とは、その4年後に始まる電報サービスのこと。その発明は「耳」という聴覚をつかさどる身体機能の拡張だった。傳信により声や言葉がより速く、遠方に届けられるようになった。 《其(そ)の神速なること千万里と雖(いえど)も一瞬に達す》 福沢の筆致から、当時の興奮が伝わる。 19世紀に蒸気機関車が発明されて以来、文明の歩みは「速さ」の追求だった。電報から電話、そしてインターネット。地球上のあらゆる場所がリアルタイムでつながる現代は、世界が最も「縮んだ時代」といえる。 マイクロソフトがパソコンの一般向け基本ソフト(OS)「Windows(ウィンドウズ)95」を発売したのは平成7(1995)年。9(97)年に9・2%だった日本のインターネット利用率は、令和5(2023)年には86・2%に達した。 黎明(れいめい)期からネットワークの構築を主導してきた情報工学の第一人者である慶応大教授、村井純はネットが驚異的に普及した要因をこう読み解く。