歴史は「物語の文化」と「契約の文化」との葛藤(下)
「世の中には『物語脳』の人と『契約脳』の人がいるように思われる」 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、以前の記事「歴史は『物語の文化』と『契約の文化』との葛藤(上)」(「THE PAGE」2019年9月14日配信)の中でこう語りました。 続編となる今回の記事でも、「物語」と「契約」の関係について、若山氏が独自の「文化力学」的な視点から論じます。
前澤社長の「物語脳」とトランプ大統領の「契約脳」
台風の猛威とともにではあるが、すっかり秋の気配だ。中秋の名月という言葉のとおり、月はこれまで秋の風情として観賞するものであった。しかし今は、人間の手が届くところとなりつつある。 その月に、実際に行く計画を立てて話題を振りまいたのは、ZOZOというファッション通信販売の会社を創業し経営してきた前澤友作氏である。そしてこのほど、この記事を配信するヤフーがそのZOZOを買い取ることになった。前澤氏は経営から身を引くという。この件に絡んで動いたお金は果たして高いのか安いのか、またどういう意味をもつのか、いろいろいわれているが、僕にはピンとこない。しかしこれは「物語の経営」から「契約の経営」への転換であるように思われた。 創業期には前澤社長の創造的な「物語脳」が必要とされた。しかし急成長して一段落すると、むしろそれが企業にとっての不安定要因となったのではないか。新社長はもともとZOZOの役員で「契約脳」の持ち主であるようだ。この交代が「乗っ取り」などと騒がれることもなく進むのは、株主にも、社員にも、顧客にも、そのことに暗黙の合意があったからであるような気がする。 さて世界を見わたせば、トランプ大統領が誕生して以来、アメリカがいくつかの国家に対して、軍事・経済絡みの圧力をかけて対立する事態が続いている。イランや北朝鮮はもちろん、中国も、ロシアも、また日本も、韓国も、そういった対立と無縁ではなさそうだ。トランプ氏はもともと不動産業者であり、まさに契約の世界で生きてきた人間である。今の世界は彼の「契約脳」としての「ディール(取引、契約)」至上主義に振りまわされているのかもしれない。 とはいえ、トランプ氏に物語がないというわけではない。いや実はむしろ人並み以上に強い物語があり、それが多くのアメリカ人の物語と共鳴して大統領となったのであろう。そのことについては最後に触れたい。