「ハエの触角に目ができる」…!? かつてクローン技術の最前線で行われていたヤバすぎる「裏の研究」
遺伝子1つで「触角が足に変わる」
羽生本当に長い月日がかかって、たどり着くことができたということですね。 山中そうですね。iPS細胞に取り組むきっかけになったのも、ジョン・ガードン先生やイアン・ウィルマット先生のお仕事があってこそです。それとはまた違う流れの研究で、ネズミの皮膚の細胞に、ある遺伝子を一つだけ送り込むと、皮膚だった細胞が筋肉に変わるという実験結果を20年以上前に発表されたハロルド・ワイントラウブ先生がいました。 先生は残念ながら49歳の若さで亡くなってしまわれましたが、たった1個の遺伝子が細胞の運命を変えることを発見されました。他にもショウジョウバエの触角にたった一つの遺伝子をむりやり働かせると、触角であるはずの部分が足に変わります。 羽生えー、そうなんですか。 山中別の遺伝子を働かせると、触角の先に目ができます。そういう、1個の遺伝子で細胞の運命が劇的に変わるという先人の研究がありました。切断された足が再生する? 羽生そうすると、成長後は実体があってしっかり安定しているけれども、生命そのものは極めて「流動性が高い存在」ということなんでしょうか。 山中ものすごい流動性ですね。みなさん、ご存知のように、いちばんいい例はトカゲの尻尾を切ったら、またちゃんと尻尾が生えてきますよね。トカゲの場合、尻尾は生えてきますが、中の骨までは再生していません。 羽生ああ、あれは骨までは再生されていないんですか。
進化で失われた再生能力
山中ヤモリでも同じで、おそらく爬虫類はすべてそうです。でも進化のもう少し前段階の両生類、たとえばイモリだと、足を切ったら足が生えてきて、それはちゃんと骨まで再生します。ヤモリには「骨まで再生できたイモリの時代を思い出せ」と言いたい(笑)。もっと原始的なプラナリアという生物の場合、かわいい目も神経も腸もありますが、体を半分に切ったら2匹にちゃんと再生します。 羽生1つだった生命が2つに増えてしまうんですか。 山中以前、京大の生物物理学教室におられた阿形清和先生が何個まで分割できるかを研究されていました。 羽生すごい研究をしていたんですね。 山中16分割でも可能でした。1匹を16等分しても16匹に増える。頭がない部分から、またちゃんと頭ができるし、目がない部分から目ができる。全身が再生能力の塊みたいな生き物です。もともと生命はそんなふうに、すごい再生能力を持っていたんですね。人間は残念ながら、手や指を切断したらもう生えてくることはありません。 ちょっと考えると、そんなすごい能力が残っているほうが生命の維持にとって便利なような気がするんですが、なぜか人間からは、というか哺乳類からは、そういう再生能力が失われてしまった。けれども、もともとできないわけではなくて、元はできていたんです。