脱炭素化が深刻な食糧危機をもたらす?温暖化対策の“大きすぎる代償”
環境問題に敏感な政治家や財界人は、「脱炭素」を強力に推進している。地球温暖化に立ち向かうためなら、多少の不便や出費には目をつぶるというのが彼らのスタンスだ。だが、安くて美味しい食料生産は炭素エネルギーのおかげだという現実を知ったとき、人々はまだ彼らの言葉にうなずいていられるだろうか。※本稿は、バーツラフ・シュミル著、柴田裕之訳『世界の本当の仕組み エネルギー、食料、材料、グローバル化、リスク、環境、そして未来』(草思社)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 農業生産はエネエルギーの 大量消費に支えられている 井戸からの灌漑用水の汲み上げなどの農地での作業や、作物の処理や乾燥、トラックや列車やはしけによる収穫物の国内輸送、大型の貨物船による海外輸出のために、機械はディーゼル油やガソリンという形で化石エネルギーを直接消費する。 それらの機械を製造するためのエネルギーの間接使用は、それよりはるかに複雑だ。化石燃料や電気は、鋼鉄やゴム、プラスティック、ガラス、電子機器の製造だけではなく、これらを組み立てて、トラクターや各種器具、コンバイン、トラック、穀物乾燥機などを生産したり、サイロを建てたりするのにも使われる。 だが、農業機械を作ったり動かしたりするのに必要なエネルギーは、農業用化学物質の製造に要するエネルギーの前では霞んでしまう。 現代の農業には、作物の損失を最小限に抑えるための殺菌剤や殺虫剤と、植物が利用可能な養分や水分を巡って雑草と戦わなくても済むようにするための除草剤が欠かせない。これらはみな、高度にエネルギー集約型の製品だが、比較的少量しか使われず、1ヘクタール当たり1キログラムを大きく下回る。 一方、窒素、リン、カリウムという、植物に必須の3大多量栄養素は、最終製品の単位当たりで必要なエネルギーは少ないが、高収量を確実にするためには、大量に使わなければならない。 カリウムは3つの栄養素のうちで生産コストが最も低い。露天掘りの鉱山か地下の鉱山で採取したカリ(塩化カリウム)さえあればいいからだ。 リン酸肥料の生産には、まずリン酸塩を掘り出す。それを処理して合成の過リン酸石灰を作る。 あらゆる合成窒素肥料の製造の出発点となる化合物がアンモニアだ。高収量の小麦と米の作物すべてと、多くの野菜の作物が、1ヘクタール当たり100キログラム以上、ときには200キログラムもの窒素を必要とする。この大きなニーズのせいで、現代農業では窒素肥料の合成が最も重要なエネルギーの間接インプットとなっている。