原田マハ「きれい事では済まさない」ゾッとする黒さや背徳はアートの本質に通じるもの
キュレーターとしての顔を持ち、アートをモチーフにした多くの小説で知られる人気作家、原田マハさん。最新作『黒い絵』は、アートが与える勇気や希望を描き続けてきた彼女が、初めて手掛けたノワールな短編集。集められた6本の短編はどれも、欲望、背徳、嗜虐など、生々しい黒い感情がアートによって刺激されてゆく瞬間を描き、読むものを底寒い戦慄へと導きます。実は「ダークサイドを描くこと」を意識的に描いてこなかったという原田さん。今回の「黒マハ解禁」には、作家として、アートを愛するものとしての、新たな思いがあったようです。 原田マハ 1962 年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。’05年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、’06年作家デビュー。’12年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞、’17年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』など多数。
結構エグい、女性性の中心の部分を包み隠さず書いた
原田マハさん(以下、原田):今までは読者が「マハさんのアート小説読むと、明るい気分になる」とか「幸せな気分になる」と言っていただくのがとても嬉しかったし、そう感じてほしいなと思いながら書いている部分が非常に大きかったんですね。でもその一方で「人間とか人生って、そういうことばっかりじゃないよね」ということも、いつも思っていたんです。 ――「黒マハ」解禁の理由をそう語る原田さん。実は作家デビューした当時は、さまざまな方向、ジャンル、テクニックで自分を試していたといいます。 原田:そこから15~16年、1周回って、改めて黒い作品を書いてみたところ、非常に面白く感じたんです。それで徹底的に黒い部分を見つめ直し、 読み終わった後に「ゾッ」とする感じを求めて書きました。やるなら中途半端なものにはできないと、そこは思い切って。 ――例えば。 冒頭の1篇『深海魚 Secret Sanctuary』は、学校での苛烈ないじめや、少女同士の同性愛的な関係を描いた作品です。 原田:15年ぐらい前の作品ですが、その頃すでにLGBTQの話を書いていたんだなって。いじめの場面は特に何かを取材したわけではなく、全くのフィクションです。結構きつい描写ですが、中途半端に書くと小説として面白くならないんです。入り口で読者を驚かす、それもかなりきついパンチで試すような作品になっていると思います。 ――奈良を訪れた不倫カップルを描いた3話目の「指 touch」では、男のセックスに不満を抱く女性の心の内が、仏像の美しい指に刺激され、赤裸々に明かされてゆきます。 原田:女性の性愛を女性が発信することは、15~16年くらい前からわりと盛んに行われてきて、そういう意味では、思い切りエロティックな、女性の側から見た性の側面みたいなものを書いてみたいっていうのは結構ありました。今回「禁断の書」というすごい帯が付くんですけど(笑)、結構エグい、女性性の中心の部分を包み隠さず書いたと思います。でも女性って「きれい事では済まさないよ」というようなところがあるじゃないですか。「私達は実はこうなんだ」とか「私たちの深いところにはこういう思いがある」みたいなところを、 思いっきりガガッとほじくり出しています。女性の読者の方には意外と痛快なんじゃないかなと思います。