OpenAI創業メンバーとブルネロ・クチネリがAIに託した「哲人思考」
ソロメオ村を「文化の拠点」に
彼はこんなことを言い出したという。 「村の広場に野外劇場をつくり、世界から文化人を呼んで、ここを文化の拠点にしたいのです」 時を経て2008年、矢島はソロメオ村に呼ばれた。 「とうとう完成したのかと晴れがましい思いを抱きました。20数年をかけて着々と、あの時伺った計画の実現を図っていらしたのです。思いを実現させられたことに感慨深く思ったのです」 ソロメオ村の古城、劇場、公園、農場、職人学校を整備し、現在は、ユニバーサル図書館を計画。文字通り、「文化の拠点」である。そこに2019年、「アメリカの友人たち」がやって来た。 勢揃いしたのは、本来ならニュースになる面々だ。ジェフ・ベゾス、マーク・ベニオフ、ほかにもインスタグラム、ドロップボックス、ツイッターなどの経営者、16人がソロメオ村の古城の前の広場でクチネリを囲んだ。クチネリと出会い、彼の考えに共鳴していた彼らは、「魂と経済のシンポジウム」と名づけられた非公開の懇談に参加したのだ。 この時、クチネリに大きな示唆を与えた人物が登場した。リンクトインの創業者、リード・ホフマンだ。2人には共通点があった。哲学だ。ホフマンはオックスフォード大学で哲学の修士号を取得し、起業以前は哲学者を目指していた。「シリコンバレーのヨーダ」と呼ばれ、100社以上に出資するエンジェル投資家でもある。そして、この時、彼にはもうひとつの肩書があった。まだ無名だったOpenAIの共同設立者である。 「人生に意味を与えるのは『人間』である」 そう説くホフマンと「人間主義的経営」が合わない理由はない。この会合で、ホフマンはAIの未来を熱く語った。 「古代の価値観のなかから永続的な価値観を選択し、それを創意工夫の賜物である最先端のプロダクト(AI)を使用して、それらを発展させ、普遍的なものにすることができる」と。 これが、古典を未来につなげていこうというSolomei AIの原点となる。この出会いの後、ホフマンはブルネロ・クチネリの友人となり、イタリアを訪問するようになった。さらに、冒頭で紹介した写真のようにペルージャ大学で名誉学位を授与されるまでになる。OpenAIがChatGPTを世界に公開するのは、この出会いから3年後のことである。 ■大聖堂を建設すると、人間の努力を高貴にする 「正気の沙汰ではないですよね」と、ブルネロ・クチネリのもとでAIプロジェクトチームを率いる前出のフランチェスコ・ボッティリエロは苦笑する。2021年に発足させたAIプロジェクトチームのメンバーが、哲学者1人、数学者1人、ソフトウェアのエンジニア2名、クリエイティブ・デザイナー1名で、事業担当者はいないからだ。しかも取り組んだことはファッションとは関係ない。 AIチームの3年に及ぶ開発について話を聞いていくと、彼らの思想がわかる言葉があったので以下、紹介しよう。 〈大聖堂の建設プロジェクトとAIは似ている〉 リード・ホフマンが今年5月、ペルージャ大学での講演で語った言葉である。 「大聖堂は人類の最も印象的な創造物の一つです。これはアポロの月面着陸計画と同じように人類の進歩にとって重要です」と言って、ホフマンはサン=テグジュペリの言葉を引用した。 「大聖堂は石で建てられる。しかし、ただの石ではなく、大聖堂の石として高貴なものになる。そして空高く建てようとする人間の努力も高貴なものにする。人々は自分より大きなものを見て兄弟愛を見いだすだろう。大聖堂をつくるプロジェクトは人々を高揚させ、ひとつの社会をつくりあげる」 技術だけでは進化に不十分で、人が未来をつくる。つまり、AIという技術の発展で問われるのは、人間というわけだ。では、人はどうあるべきかについて、ブルネロ・クチネリはこう言っている。