「俺らには漁師しかないから」逆境に次ぐ逆境、それでも今日も船を出す 津波、原発事故、処理水放出…
福島県相馬市の菊地栄達さん(31)は、高校3年で東日本大震災に遭った。津波に襲われた自宅は全壊。父・昌博さん(69)の船「宝恵丸」も流された。後で発見されたものの、一部が壊れていた。東京電力福島第1原発が異常事態に陥っていると知ったのは、その直後だった―。 3・11の後、福島の漁師たちは逆境の中でもがき続けた。歳月をかけて少しずつ信頼を取り戻してきた矢先、原発処理水が海洋放出。再びどん底に突き落とされた。海に出るのが嫌になったことが「ないと言えばうそになる」。そう語る栄達さんの日常を追うと、漁業者の苦悩が見えてきた。(記事:加我晋二、撮影:仙石高記) 2011年3月、一家は津波で甚大な被害に遭ったものの、栄達さんの漁師になる決意は揺るがなかった。3人きょうだいの末っ子。上には姉が2人いる。 「自分が継がなければ、祖父から代々続く家業が途絶えてしまうかもしれないと思った」 船は昌博さんが修理した。自粛期間を経て、試験操業が始まったのは2012年6月。だが、福島の海産物への風当たりは強く、売れても値段は低い。悔しいとは思ったものの、不安に思う人々の気持ちも分かる。消費者に安心してもらうにはどうすればいいのか。福島県漁連は、出荷できる放射線の基準値を国より厳しく設定。信頼回復へ、地道に取り組んだ。 2023年8月。原発事故から12年以上たって、処理水の海洋放出が開始する。再びすさまじい風評被害が起きるのは明らかだ。栄達さんも海洋放出はやめてほしいと思ったものの、単純には割り切れなかったという。 「反対してもどうせ流される。それなら、すぐに流して、廃炉をその分早くしてくれないか」 廃炉が完了しない限り、福島は永遠に原発と結びつけられる。それでは先に進めない。 海洋放出が始まると、インターネットには福島の魚を敬遠する声があふれた。ただ、中には応援してくれるという意見もあり、励まされた。 魚の品質には自信がある。「きっかけは福島支援でいい。それを『美味しいからまた買う』につなげていきたい」 海水や魚の放射性物質の濃度に異常が見つかったとは聞かない。だからといって、東電を信頼するようになったわけではない。「トラブルを起こさないのは大前提」。海洋放出は今後も数十年にわたって続く。 「何かしらの不安を持ちながら漁に出るしかない。何のトラブルもなく放出が完了することは絶対にないと思う」 最近、中学1年の長男が「漁師になりたい」と口にするようになった。子どもたちの世代が漁師を続けられる環境を残してあげたい。「俺らには漁師しかねえから。何もせず文句だけ言うのも違う」。だから、今日も船を出す。
共同通信社