上野水香×マリアネラ・ヌニェス、『ラ・バヤデール』で初共演したふたりが語るバレエ愛、踊り手としての秘話。
ダンサーとしての情熱、舞台の醍醐味
上野 ネラさんにいくつかお聞きしたいことがあります。世界中で活躍されていますが、舞台に立つうえでどのようなことが重要だと考えていますか? ヌニェス 私が舞台に立つ時に大事にしているのは、自分のことというより、バレエという芸術表現に対して。私の責任とは、まず観客の方にバレエの歴史やスタイルを伝えることだと思っているんですね。クラシック作品だったらそのキャラクターがどんな人物か、コンテンポラリー作品なら振付家が伝えたいメッセージを正しく表現することを第一に考えています。次に挙げられるのは、私の情熱です。クレイジーと言えるほどバレエへの情熱があるので、それを観客の皆様に伝えることを大切にしています。さらに付け加えるならば、最近は暗い出来事が多すぎて、世界中が悲しい場所になりつつあるので、せめて劇場で過ごす時間はすべてを忘れて楽しんでもらえたらと願っています。それが完璧にとはいかずとも、登場人物の人間性や感情にコネクトすることが重要だと思っています。なぜなら、世の中から人間性が失われつつあると感じるからです。バレエには、高い精神性や人間性といったものが存在し、観る者に結びつける力があると私は信じているので、それをしっかりアピールすることが私の義務だと考えています。 上野 バレエに対して純粋に向き合ってらっしゃることが、すごく伝わってきました。アーティストとして自分がどうあるかっていうこと以前に、自分に何ができるのかをまず考えて、ひとつひとつの舞台に真摯に向き合うことで、人に幸せを与えることを生きがいとされているのですね。そうすることで、幸せが巡って、自分もまた幸せになれるっていうのは舞台人の醍醐味だと思いますが、その原点の部分を常に考えていらっしゃる。これだけたくさんの舞台を踏んでも、ピュアな心を忘れていないのが素晴らしいです。私自身はトゥシューズ選びと確保にすごく苦労しているんですけど、これだけ世界中でたくさんの舞台をこなしているネラさんが、トゥシューズをどうストックされているかが気になります。今回の世界バレエフェスティバルでも、Aプロでドンキを5回、Bプロで海賊を4回踊られますが、これだけステージが多い時、トゥシューズはどうしているんですか? ヌニェス 今回、スーツケースにトゥシューズは30足くらい入れてきました。服はほとんど入ってないから、本当にトゥシューズだらけ(笑)。もともと私のトゥシューズを作ってくれていたフリードの「A」メーカー(職人)が、コロナの後に制作をストップしてしまったので、その後はいろいろ探して、現在は「P」メーカーのものを使っています。バヤデール用には2~3足用意しましたが、ドンキのようにフェッテがあるガラ作品だと、ひと晩で1足履き潰しちゃうので、とにかくたくさん用意する必要があるんです。 上野 回転しやすいものと、しにくいものがあったりしませんか? ヌニェス あまり気にしてないですね。トゥシューズを履いたら、あとは天に任せて行くぞって感じです。 上野 私は靴選び自体がまず大変で。選んでも本番前になるとダメになることもあるので、本当に苦労します。ネラさんのようにこれだけのステージ量をこなすとなると、私だったらもう靴を選べないかも。 ヌニェス 私にも悩んだ時期があったんですよ。でも巡業の機会も多かったし、心理的に乗り越える必要があったんです。「大丈夫! これはいい靴だから」と自分に言い聞かせて。 上野 超越したんだ(笑)。それくらいのマインドじゃないと、それだけの公演数をこなせないってことですね。今後はダンサーとして、さらにどんなことを追求されたいですか? ヌニェス やりたいことはたくさんあるけれど、自分としてはキャリアを長く重ねていきたいっていうのがまずあります。レジェンドになっているようなダンサーたち、たとえばアレッサンドラ・フェリやシルヴィ・ギエム、マカロワたちは、美しいやり方でキャリアを積み重ねていっている。だから憧れます。もともと私は、プリンシパルに20歳と比較的若くして昇進しましたが、その後はキャリアとしては遅咲きだったように感じています。いまやっているようなことは、普通なら20代で経験することだったかもしれないと思うと、これからもっと進化していかなきゃいけないし、もっと学ぶべきことがある。 上野 そういうふうには見えなかったから意外でした。私も遅咲きタイプなんです。デビューは19歳で、いつも役をいただいたりチャンスをもらえたりしたものの、自分の成長が、後から追い付いてくることも多く、今回のバヤ公演でも、前よりもちょっとジャンプが飛べるようになったかもって発見がありました。遅すぎですが(笑)。 ヌニェス まだまだこれからよ。そんなわけで私のキャリアは、まだ始まったばかり。80歳になっても踊り続けていたいわ! 第17回世界バレエフェスティバル 会場:東京文化会館 Aプロ・Bプロ・ガラ 8月12日(月・祝)まで開催
interview & text: Eri Arimoto