サザビーズがアブダビから1530億円の資金調達。アート・バーゼルもアブダビ進出か?
先週、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ首長国の政府系持ち株会社、ADQは、サザビーズに対して約10億ドル(約1530億円)の戦略的な資金注入を行うことを発表した。この投資により、負債を抱えるサザビーズは経営健全化を図り、より強固な未来に向けて計画を進めることができる。同社の最高経営責任者(CEO)、チャールズ・スチュワートはこれまで、サザビーズを美術品の枠を超えて世界的な高級ブランドへと進化させるべく、改革を推進してきた。 一方のアブダビもサザビーズと同じく、過去10余年をかけて世界有数の「高級都市」としてのブランドを確立すべく資金を投じてきた。その努力が実り、アブダビは今年10月、政府系ファンドの管理資産額に基づき決定される「世界で最も裕福な都市」に選出された。 同都市は2000年代半ば、アラビア湾に浮かぶサディヤット島を文化観光地として再開発するため、270億ドル(約4兆円)規模のプロジェクトを開始した。これにより、総工費6億5000万ドル(約995億円)をかけたルーブル・アブダビが2017年後半にオープンし、2026年には、その隣にフランク・ゲーリー設計によるグッゲンハイムの分館がオープンする予定だ。そこでは、リチャード・プリンス、フランク・ステラ、ドナルド・ジャッドらによる西洋現代美術の傑作が、ガダ・アメール、アデル・エル=シウィ、チャン・ホントゥら、この地域やさらに東の影響力のあるアーティストの作品と一緒に展示される予定になっている。 アブダビにルーヴルとグッゲンハイムを誘致する計画は、そもそもUAEが2005年に打ち出した文化観光に数十億ドルを投入して経済を多角化する政策に基づく。そこにはもう一つ、2007年に「Art Paris Abu Dhabi」として始まり、2009年にアブダビ観光開発投資会社(TDIC)に買収されて「アブダビ・アート」に改名したアートフェアも含まれる。買収後まもなく、TDICの文化担当エグゼクティブ・ディレクターであるリタ・アウン・アブドは、このフェアを「アラブ世界が孤立しないよう、国境を越えた文化機関を構築するという大きなビジョンの一環」と呼んだ。 しかし、少なくとも一部のアートディーラーによれば、今月末に第16回目を迎えるこのフェアがそのビジョンを実現するには、まだ時間がかかりそうだ。 この地域で豊富な経験を持つニューヨークのあるディーラーは、アブダビ・アートを「特にアート・ドバイと比較すると、アートフェアというより『プライベートなトランクショー』」と表現する。 アート・ドバイのCEOであるベン・フロイドは、「多くの有力ギャラリーが拠点を置き、オークションハウスが地域本部を置いているドバイは、湾岸諸国の美術市場の中心。対するアブダビは、制度的な発展に重点を置いてきた」と話す。 「ドバイにはハートがある」と語るのは、シチズン・グローバルとワイルド・メディアのクリエイティブ・ディレクターであるハティ・ボウリングだ。ボウリングは、「ドバイはまだ荒削りな部分もあるが、コマーシャルギャラリーが集まり、今この瞬間も進化し続けている。それに比べ、アブダビは地味な兄貴分といったところ」と続ける。 ただし、アート界に渦巻いている噂が本当なら、ドバイとアブダビの勢力図は遠くない将来変わる可能性がある。アメリカ、ヨーロッパ、中東を拠点とする多数の情報筋がUS版ARTnewsに語ったところによると、アート・バーゼルは、アブダビ・アートの買収交渉を進めているというのだ。噂されている取引の大まかな内容は、アート・バーゼルがアブダビ・アートの運営を引き受けるかわりに、2000万ドル(約30億円)の投資を受けるというものだ。 これについてアート・バーゼルの担当者は、「一般的な我が社の方針として、憶測に対するコメントは控えます」と回答。アブダビ・アートを所有するTDICもコメントの要請に応じなかった。 アート界の知識層の間では公然の秘密となっているが、アート・バーゼルは最近、パリでの成功にもかかわらず財政難に陥っている。多くの人が、パリはヨーロッパ・アート界の新たな中心地になるだろうと考えているのは事実だ。しかし、フィナンシャル・タイムズ紙によれば、アート・バーゼルの親会社であるMCHグループは純利益が前年比で41%以上減少し、損失が901万スイスフラン(約15億8000万円)から1277万スイスフラン(約22億4000万円)にまで拡大した。その原因は、「売上高に占める販売費、一般管理費の割合の増加」によるものだという。MCH自体の株価も、2020年以降、一貫して下落傾向にある。 この取引に詳しい関係筋によると、MCH社内では、アート・バーゼルのCEOであるノア・ホロウィッツに対し、同社の財務圧力を緩和できるような大型契約を結ぶよう大きなプレッシャーがかかっているという。 こうしたプレッシャーはアート界全体に及んでいる。アート・バーゼルの競合であるフリーズの親会社、エンデバー・グループ・ホールディングスは先月、フリーズを含むいくつかのイベント資産の一部を売却を検討していると発表した。そこには、フリーズの名のもとロンドン、ロサンゼルス、ニューヨーク、ソウルで開催されるアートフェアに加え、エキスポ・シカゴとニューヨークのアーモリー・ショー、さらにはメディアの『Frieze』も含まれる。US版ARTnewsの取材に対し、ある専門家は、コロナ以後の高金利や輸送、保管、移動にかかるコストの世界的な高騰を考えると、アートフェアも、ギャラリーやオークションハウスと同様の困難に直面している可能性が高いと語っている。 コロナ禍の間に新拠点を構えたオークションハウスやギャラリー同様、アート・バーゼルも金のある場所に進出する可能性が高い──ヨーロッパを拠点とするアートアドバイザーの一人はそう語る。「イギリス人やヨーロッパ人は支出を控えるか、ポートフォリオを分散させている。ロシア人は支出できず、中国人は資金を国外に持ち出すのに苦労している。大手ブランドは資金を追うしかなく、富裕層はすでに税金対策のためにUAEに移住しているのが現実」というのだ。 事実、ここ数年、UAEには、厄介な徴税官から資産を守りたい欧米の億万長者、そしてUAEを政情不安定な地域の避難所とみなす中東の億万長者が流入している。 しかし、世界は新たなアートフェアを必要としているのだろうか。中東の文化状況を過去20年にわたって調査した「Citizen Global」のレポートによると、UAEの地元コミュニティは、欧米の大型プロジェクトが当地域に参入することに懐疑的だという。彼らは、地域のアーティストやキュレーターの強力なネットワークにこれらのプロジェクトがどんな恩恵をもたらせるのかを懸念しているのだ。 また、アート・バーゼルとUBSによる最新のコレクター調査では、コレクター層は、アートフェアが徐々に地域色を強めている中、どこで何が出品されるのか、これまで以上に気を揉んでいるという。そんな彼らをアブダビにまで来させることが、本当に可能なのだろうか。 「業界内の事情に詳しい人間が、現在のアートフェアの開催頻度、規模、複雑さについて何の問題も感じていないなどと言うなら、その人物は事情通ではないか嘘をついているかのどちらかだ」 過去、100回以上のフェアをプロデュースした経験を持つアートフェアのベテラン、マックス・フィッシュコはそう語る。「なぜなら、それは誰もが感じていることだから。コレクター、コンサルタント、ディーラー、誰もがね」
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