シンガポールを率いたリー家、一線を退く 集団指導体制で政治の自由化は進むか
シンガポールでリー・シェンロン前首相(72)が退任し、20年ぶりに首相が交代した。シェンロン氏の父、故リー・クアンユー初代首相の時代から、60年近く強い影響力を国政に振るってきたリー家が一線から退く。今後は一党支配を続ける人民行動党(PAP)の集団指導体制に移行するとみられ、政治や社会の自由化が進むかどうかが注目される。(共同通信=角田隆一) ▽転身否定 「今のところ、子の誰も(政治に)関心を見せていない。孫は若過ぎる」。シェンロン氏は退任直前の地元メディアの取材に答えた。政府系ファンドの経営者を務めた妻との間に生まれたリー・ホンイー氏は政府テクノロジー局幹部で動向が注目されていた。だが本人も2022年のインタビューで「問題を解決するには多様な道がある」と政界転身を否定する。 一族には内紛もあった。シェンロン氏と弟のシェンヤン氏が父の遺言を巡って対立。シェンヤン氏は前回選挙で野党を支持し、事実上の亡命状態に追い込まれている。アジア経済研究所の久末亮一氏は「国民はリー家の後継者を望まないだろう」と指摘する。
▽システム 今後はPAP中心の体制となる。民間シンクタンク「ソラリス・ストラテジーズ」のムスタファ・イズディン氏は「ウォン新首相が引き継いだ(政府とPAPの)強固なシステムで、難しい問題に対処できる」と話す。 シンガポールは、選挙はするが民主的とは言えない「選挙権威主義」とされる。PAPは誰でも入党できる大衆政党ではない。優秀なエリート官僚や企業家、慈善活動などで実績がある人々が党中央の審査を経て入党し、経済成長を重視する強権的な体制を支えてきた。シェンロン氏は地元メディアに「PAPが提供する政治家と統治の品質は、野党ができるものではない」と誇った。 ▽統治に変化 シンガポールは法の支配や反腐敗、政府の効率性で高い評価を受ける。シェンロン氏時代には野党指導者の役割を拡大、同性愛を禁じていた刑法の条項を撤廃するなど漸進的な自由化を進めた。 ただ米人権団体フリーダムハウスは「野党の伸長を抑え、表現や集会、結社の自由を制限している」と指摘する。テレビ放送は国有企業傘下、新聞社も政府の資金が直接注入されている。
香港科技大のドナルド・ロウ教授は短期的に民主化や政権交代はないと指摘。ただ「以前のような家父長的、トップダウンの手法は通用しない。統治の在り方は変化する」と予測した。