サンフレッチェ広島の攻略法は浸透しつつある。Jリーグで異質、欧州でスタンダードなプレッシングの設計図【戦術分析コラム】
2シーズン連続で3位という成績を残したサンフレッチェ広島は、ミヒャエル・スキッベ監督の下で3シーズン目となる今季も5位という好位置につけている。躍動感あふれる広島のサッカーは、どのような指針の下で生み出されているのか。ドイツ人指揮官が描く設計図をひも解く。 (文:らいかーると) 【2024明治安田Jリーグ スケジュール表】TV放送、ネット配信予定・視聴方法・日程・結果 J1/J2/J3 著者プロフィール:らいかーると 1982年、浦和出身。とあるサッカーチームの監督。サッカー戦術分析ブログ「サッカーの面白い戦術分析を心がけます」主宰。海外サッカー、Jリーグ、日本代表戦など幅広い試合を取り上げ、ユニークな語り口で試合を分析する人気ブロガー。著書に『アナリシス・アイ ~サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます~』『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』がある。
●勇猛果敢なサンフレッチェ広島のスタイルを解剖する 新スタジアム、エディオンピースウイング広島のお披露目とともに、今季のJリーグでスタートダッシュに成功した感のあるサンフレッチェ広島。下部組織出身の選手がスタメンに名を連ねる景色は、すべてがこの日のために計算されていたのではないか? と勘ぐりたくなるほどに、見事な流れとなっている。 スタートダッシュに成功した感こそあったものの、怪我人の増加に伴い順位を落とし、そのなかでもチーム内の序列をひっくり返ったり、新戦力が台頭したりと、結果としてチーム力の底上げに繋げてきた波乱万丈のシーズンを、広島は過ごすこととなった。反攻のときを迎えたところで、川村と野津田の移籍によって、周りのチームからすれば不穏な空気を醸し出している広島の現在地について今回は探っていきたい。 広島の試合を見ていて男前を感じる部分は、本当に3バックでプレッシングをするところだ。3バックと表現されるチームでも、ボール非保持では5バックになるチームがほとんどだろう。しかし、相手陣地にボールがあるときのサンフレッチェ広島は、3バックでハイプレッシングを勇猛果敢に実行している。 ビルドアップ隊の配置に合わせて、自分たちの立ち位置を変化させられる3FWを筆頭に、ほぼオールコートマンマークで相手のビルドアップに対抗する広島は、異質な存在となっている。なお、欧州の文脈で見れば、相手陣地からのビルドアップに対して、マンマークで対抗することはスタンダードになりつつあることは抑えておきたい。代表例はヨーロッパリーグで優勝したアタランタだろうか。 ●サンフレッチェ広島の天敵は… 「ピッチのすべての位置が同数ならば、できる限り相手のゴールに近い位置で1対1のプレー機会を増やそう!」がサッカーそのものの原則となれば、相手の前線と対峙する広島のセンターバックたちがマッチアップする場面は増える。佐々木翔を筆頭に空中戦でも強さを発揮できる面々の質と相手の能力の比較によって、試合展開が左右されることは否めないだろう。 荒木隼人が離脱しても中野就斗が台頭したように、「誰かがいなくなったから守備の方法論を変化させようぜ!」なんて考えは毛頭ないように感じさせられるところに、広島の特徴が色濃く出ているのではないだろうか。 そんな広島にとっての天敵は、3FWでは枚数が足りなくなる相手だ。相手の3バックには3FWをぶつけ、相手の2センターバック+アンカーには形を変えて対応することはできる。しかし、ビルドアップにゴールキーパーを組み込んできたり、2センターバックと2セントラルハーフでビルドアップを実行してきたりするチームには、3FWでは枚数が足りなくなる。 それでも中間ポジションに立ち、ボールの行方を誘導することは難儀ではない世界だが、マンマークが約束事の世界において、そのような選択肢は存在させたくないような振る舞いを広島は行っている。 だったら、セントラルハーフを加勢させればいいとなるが、広島の困っているポイントがセンターバックとセントラルハーフの間のスペースをどのように埋めるかだ。「ハイプレッシングだ!」とセントラルハーフまで前に行ってしまうと、自動的に3バックも前に上がらなくてはいけない。しかし、3バックにも上がれない事情が存在することもある。 ●3バックが対応できない事情。迷いが生じる場面とは… 相手の3トップにピン留めされることもあれば、お互いが入れ替わり、さらに裏抜けも行う2トップの監視に、3枚が必要なときだってあるだろう。3バックが前に出られないときはセントラルハーフを3バックの前においておきたいけれど、加勢を呼びかけてくる3FWとのジレンマとどのように向き合うかも重要なポイントになっていきそうな気配である。 広島のウイングバックが相手のサイドバックまでプレッシングに行くことが日常になっているように、3バックも縦にスライドしていくことは日常になっている。一方で、相手の斜めや横の移動、つまり、レーンを横断する動きやレーンと列を斜めに横断する動きに対しては、どこまでついていくべきか、味方にマークを受け渡すべきかでは、さすがに迷いを感じさせられる場面も見られる。 ただし、マンマークがデフォルトのチームにとっては、マークの受け渡しをしたくても、すでに誰かをマークしている選手にマークを受け渡すことはできない。相手の移動に対して苦慮する場面は少なくなく、広島の攻略法として徐々に浸透しつつある。ときどき思い切りフリーの選手が相手に出てくることはマンマークの解除を余儀なくされたからだろう。相手を抑え続けることも大事だが、時と場合によってはゴールを守ることを優先することは決して間違ってはいない。 ●撤退時に起きる問題。自分たちの型と柔軟性 さらに相手に押し込まれる段階でマンマークは解除され、ボールを奪う守備からゴールを守る守備にフェーズが変更されると、それぞれの意識の統一に時間がかかる傾向にある。また、加藤、大橋のどちらかのみが守備ブロックに加わったり、できる限り【5-2-3】の形を維持したりする傾向を撤退守備ではみせるが、明らかに本職でないセントラルハーフにとって、広いエリアを守り続けることは至難の業になってきている。しかし、“残念そこは大迫”やCBの対人の強さで相手の攻撃を跳ね返しながら、大橋を中心とするカウンターで攻撃を完結させられることもまた事実であった。 シンプルにロングボールでセンターバックが晒されることよりも、相手の移動とビルドアップ隊の枚数の調整によって、攻略される機会が増えてくることが広島にとっては悪夢と言えるだろう。 ボール非保持の局面でもあれだけ立ち位置を変化できる3FWなので、セントラルハーフの加勢によって、マークの分担を変化させたり、ウイングバックの加勢によって4トップのようになり、セントラルハーフがライン間を守れるようにしたりと、さらなる柔軟性が求められてくるかもしれない。 ただし、【5-4-1】になるようでならなかったり、3バック+ウイングバックの位置関係をいじらなかったりする傾向が強いので、自分たちの型とどこまで向き合いながら、自分たちのマンマークをベースとしたハイプレッシングを機能させ続けられるかが鍵になってくるのではないだろうか。 (文:らいかーると)
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